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前列中央から時計回りに、ご飯、野蕗のきゃらぶき、煎り豆腐(人参)、鶏そぼろ、漬物(胡瓜と人参の糠漬け・壬生菜・刻み沢庵)、焼き海苔、ごんげん蒸し、大根おろし(葱・鰹節・胡麻)、納豆(葱)、絹さやの浸し(鰹節)、味噌汁(豆腐・若布・葱)、中央右は焼き鮭、左は蒲鉾と山葵漬け。今朝は小鉢に盛っているが、常備菜のきゃらぶきや煎り豆腐、鶏そぼろ、加えてごんげん蒸しなどは大皿で登場し、取り分けていただくことが多い。絹さやは昨夜の残りを浸しに。蒲鉾は、山葵漬け(静岡『野桜本店』の激辛口)をつけて食す。焼き海苔は東京・品川の『みの屋海苔店』のものを愛食。焼き海苔とごんげん蒸しの器の模様は、定紋である揚羽蝶。

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若き夏目漱石、神田の旅館に「人生の達人」を訪ねる。【日めくり漱石/5月24日】

3 夏目漱石 2

今から122 年前の今日、すなわち明治27年(1894)5月24日の夜、27歳の漱石は神田淡路町の旅館・関根屋に太田達人(おおた・たつと)を訪問した。達人は、成立学舎、大学予備門(のちの一高)以来の漱石の友人。丸い目と赤い頬、ふっくらとした顔の輪郭の持ち主だった。いかにも東北出身者といった感じで、口の利き方もゆったりして性格も穏やかだった。

学生時代、青年らしくいろいろと議論することはあっても、太田達人の激したり怒ったりする顔を、漱石は一度も見たことがなかった。まるで長者のようだった。「人生の達人」という意味合いをこめ、漱石はいつからかその名前も「たつと」でなく「たつじん」と読むようになった。

高校時代の漱石はそんな達人を敬愛し、毎週のようにその下宿に遊びにいき、泊まっていくこともしばしばだった。ある夏休みには1日も欠かさず達人の下宿を訪ね、一緒に両国の水泳場へ通いつめた。空の澄みきった秋日和に連れ立って散歩に出かけ、黄色に染まった小さな葉がはらはらと舞い散る景色を眺めたり、上野の菓子処「岡埜栄泉(おかのえいせん)」で汁粉を食べたりもした。

愉しい思い出ばかりだった。

この前年に東京帝国大学の物理科を卒えた太田達人は、当時、石川県尋常中学校の教師を務めていた。かたや英文科を卒業した漱石は、大学院に進んで勉学を続けながら、高等師範学校と東京専門学校(早稲田大学の前身)の講師として働いていた。

この夜の達人のもとには、すでに先客があった。漱石とも学生時代から交流の深い狩野亨吉(かのう・こうきち)だった。亨吉は先頃まで勤めていた金沢の第四高等学校を辞任し、ちょうど東京へ戻っていた。3人で面談するのは久しぶりのことで、話は尽きず、この翌日も上野広小路の青陽亭で顔をそろえ夕食をともにすることになったのだった。

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東京地学協会編纂『樺太地誌』(明治40年)。冒頭「緒言」は、東京地学協会会長である榎本武揚による。現地に中学校が開設されて太田達人が赴任する5年前に刊行された図書で、本文中には樺太大泊尋常高等小学校の写真が掲載されている。

東京地学協会編纂『樺太地誌』(明治40年)。冒頭「緒言」は、東京地学協会会長である榎本武揚による。現地に中学校が開設されて太田達人が赴任する5年前に刊行された図書で、本文中には樺太大泊尋常高等小学校の写真が掲載されている。

時は流れ、太田達人は明治45年(1912)5月、樺太(現・サハリン)の中学校の校長になった。樺太は、日露戦争終結後のポーツマス条約によって、北緯50度以南が日本の領土となったいわば新天地であり、太田達人は大泊に開設された中学校の初代校長に迎えられたのである。

この人事の陰には、どうやら秋田県知事の森正隆の意図が働いていたらしい。森正隆は豪腕ぶりで知られるやり手の知事だったから、おそらく長者のような風合いの太田達人とあまりソリが合わなかったのだろう。それで、横手中学校長だった太田達人を北限の地へ追いやってしまった。そんな流れがあった。それを知った漱石は、満鉄でしかるべき役職に相応しい人を探しているという話を受け、狩野亨吉とも相談の上で太田達人を推薦しようと思いついた。満鉄理事の龍居(たつい)頼三あての、こんな手紙が残っている。

《拝啓 本日、狩野亨吉君をたずね例の人物につき相談致し候ところ、(略)ふと太田達人のことを思い出し候。あれなら君とも熟知の間柄ゆえ双方にて気がねなく至極便利と存じ候がいかがにや。彼は大器ゆえ秋田の馬鹿知事森正隆よりグズと思われ今は樺太に赴任致しおり候。狩野も太田には賛成致し候。出来得べくんば、あの下に腕のききたる人ひとりをつけたら妙ならんと存じ候。》(大正2年7月10日付)

大器の太田達人の下に小回りのきく部下をつけたら、相当の仕事をこなすに違いないと、漱石は推薦するのだ。この話、満鉄の方は大歓迎だったが、太田達人が断った。太田達人は秋田県知事の思惑など「どこ吹く風」と受け流し、樺太での仕事に精一杯取り組む意志を固めていたのである。

さらに1年半の時が過ぎた大正4年(1915)冬、漱石は筆をとって、随筆『硝子戸の中』にこんなふうにしたためた。

《私は彼を想い出すたびに、達人といふ彼の名を考える。するとその名がとくに彼のために天から与えられたような心持になる。そうしてその達人が雪と氷に鎖ざされた北の果に、まだ中学校長をしているのだなと思う》

東北生まれの太田達人にとっても、かの地の冬は寒かろう。それでもやっぱり、その名の如き「達人ぶり」で、悠々と過ごしているのだろうか--。年齢も50に近づき、ふと懐かしく旧い友人のことを思い起こしている漱石先生なのだ。

太田達人は、漱石没後も黙々と樺太での勤務に励んだ。健康を害して退官し、故郷の盛岡に帰ったのは大正12年(1923)2月。樺太滞在はじつに10年以上に及んだのである。

■今日の漱石「心の言葉」
何にも拘泥(こうでい)していない自然の顔をみると、感謝したくなるほど嬉しい(『行人』より)

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

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