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3 夏目漱石 2

今から105 年前の今日、すなわち明治44年(1911)5月22日、44歳の漱石は、開場まもない帝国劇場に出かけた。

坪内逍遥の翻訳に基づくシェークスピア演劇『ハムレット』を観るためだった。これは逍遥が開設した演劇研究所第1期卒業生による公演で、2日前の5月20日から始まり26日まで、7日間の実施予定となっていた。

逍遥と漱石のつきあいは古く、明治25年(1892)の5月にまで逆上る。

当時、東京帝国大学の英文科の3学年に在籍していた漱石は、乞われて東京専門学校(早稲田大学の前身)の文学科の講師となった。その文学科を創設したのが、漱石より8歳年長で大学の先輩でもある逍遥なのだった。

同じ年の9月には、漱石は親友で俳人の正岡子規を案内して、牛込区(現・新宿区)大久保の坪内逍遥宅を訪問したこともあった。この時の会談で、逍遥が運営する文芸雑誌『早稲田文学』の俳句欄を子規が担当するようになった。

また、漱石が熊本にいた明治29年(1896)5月には、「逍遥先生にお会いしたい」と言ってきた高浜虚子(子規門下の俳人)のために、紹介状をしたためてもいる。

リサイズ帝国劇場(漱石5月22日使用分)

日本初の洋式劇場として明治44年(1911)に誕生した帝国劇場。現在の建物は建築家の谷口吉郎による設計で昭和41(1966)に建て替えられた。

『ハムレット』を観劇した漱石は、逍遥の熱意と役者たちの努力に深い敬意を払いながらも、劇そのものの出来栄えはまだ未成熟で、首を捻らざるを得なかった。とはいえ、公演期間中に軽々に批判的な言葉を口にして水を差すことも本意ではない。

漱石は公演が終わるのを待って、『坪内博士と「ハムレット」』と題する一文を朝日新聞に発表し、率直な感想を吐露した。

《坪内博士の訳は忠実の模範とも評すべき鄭重(ていちょう)なものと見受けた。あれだけの骨折(ほねおり)は実際翻訳で苦しんだ経験のあるものでなければ、ほとんど想像するさえ困難である。余はこの点に於て深く博士の労力に推服する。けれども、博士が沙翁(さおう/シェークスピア)に対して余りに忠実ならんと試みられたがため、遂に我ら観客に対して不忠実になられたのを深く遺憾に思うのである》

ていねいな仕事ぶりは評価しつつ、原作の詩的な台詞の言い回しを忠実に生かそうとする余り、日本の観客にとってはちょっと不自然になってしまっていたのではないかという分析だった。

言葉というものは、背景として持っているそれぞれの国の歴史や文化、習俗、感覚や趣味の違いがあるから、品物でも運ぶように右から左へ移しかえるわけにいかないのが当たり前なのである。

ふと、巷間に流布する、英語教師としての漱石のエピソードを思い出す。漱石は、教え子が「I love you」を「我君を愛す」と訳したとき、こんなふうに指導したと伝えられる。

「日本人はそんな言い方はしない。『月が綺麗ですね』とでも訳しておけ」

現在放送中のNHKの朝ドラ『とと姉ちゃん』でも、この漱石の「月が綺麗ですね」のエピソードは、主人公の妹(鞠子)の台詞の中に巧みに取り入れられていた。

じつはこのエピソード自体は出所曖昧で、後世の誰かの創作ではないかとも言われている。それでも、西洋と日本の文化の差異を背景とした言語表現の微妙さを捉えているという意味で、いかにも漱石らしいと思わせるものがある。

ところで、先日(5月12日)、演出家の蜷川幸雄さんが亡くなった。蜷川さんはシェークスピア劇やギリシア悲劇を日本人の感性で読み解き、石庭、行灯、津軽三味線などの日本的美も大胆に舞台に取り入れ、日本国内のみならず世界各地で高い評価を得た。

仏壇の中で演じられる『NINAGAWAマクベス』を天井桟敷ならぬ「天上」桟敷から観劇したら、漱石は「わが意を得たり」と膝を打って、大いなる喝采を送っただろう。

さて、漱石の胸の奥には、先輩・坪内逍遥の真面目な仕事ぶりを後押しして励ましたい気持ちも少なからずあった。それでもあえて、正直な感想を述べ注文をつけた。それが翻訳劇の真の発展にもつながるはず、という思いもある。公演自体、観客の入りは悪くなく、興行的には成功をおさめていた。

逍遥も、漱石の批評を受けとめながら、引き続き沙翁劇の翻訳に打ち込んだ。『シェークスピヤ全集』全40巻の完成にこぎ着けるのは、漱石の死から10年余を経た昭和3年(1928)のこと。逍遥は数え年で70歳に達していた。

■今日の漱石「心の言葉」
言葉だけで他(ひと)をやりこめれば、どこがどうしたというんです(『明暗』より)

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

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