夏目漱石、幼い娘の同級生の言葉に絶句する。【日めくり漱石/5月19日】

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今から105 年前の今日、すなわち明治44年(1911)5月19日、漱石の三女の栄子が、家に同級生の女の子を連れてきた。栄子は当時、満年齢で七歳半の小学生だった。

栄子の同級生は、漱石を見て、ぺこりとお辞儀をした。

44歳の漱石は、ちょっとおどけて表情を崩し、「へい、いらっしゃい」と、まるで魚屋か八百屋のオヤジのように挨拶(あいさつ)を返した。

しばらくして、漱石は、ふたりが遊んでいるそばへ寄って、その娘に向かってこんな問いかけをした。

「あなたのお父さんは、何をしていらっしゃるの?」

なにげなく発した言葉だった。相手の娘もさらりと、ただ一言で答えた。

「お父さんは日露戦争に出て死んだの」

漱石は絶句してしまった。すぐには二の句を継げない。痛ましい思いが、胸にこみ上げていた。ようやくのこと口を開き、

「ゆっくり遊んでいらっしゃい」

それだけ言って、漱石は娘たちのそばを離れた。

日露戦争が始まったのは、この7年前の明治37年(1904)2月8日。ポーツマス条約の調印で終結を見たのは翌明治38年(1905)9月5日。時期からして、漱石の三女の同級生は、まだほんの赤ん坊のときに父親を亡くしたわけだ。

1年7か月に及ぶ戦闘の中で、日本軍の戦没者数は8万8000人以上にのぼっていた。

茶の間で妻の鏡子と顔を合わせると、漱石は自然と、この三女の同級生のことを話題にしただろう。話は、少女の言葉を聞いて胸のつまる思いをしたことから、戦争の悲惨さや、学生時代に徴兵制とのからみで、父親の配慮で北海道に転籍したことにも及んでいく。

漱石と鏡子の、このときの戦争に関する会話を、12歳になる長女の筆子が聞くともなく聞いていたらしく、数日後、思わぬ出来事が起こった。

熊本五高時代の教え子・高原操の紀行文集『極北日本』(明治45年)に寄せた漱石の序文。冒頭、《余は東京の場末に生れたものであるが、妙な関係から久しい以前に籍を北海道に移した》とあるのは、学生時代に徴兵制とのからみで、父親の配慮で北海道に転籍したことを指している。写真/神奈川近代文学館所蔵

熊本五高時代の教え子・高原操の紀行文集『極北日本』(明治45年)に寄せた漱石の序文。冒頭、《余は東京の場末に生れたものであるが、妙な関係から久しい以前に籍を北海道に移した》とあるのは、学生時代に徴兵制とのからみで、父親の配慮で北海道に転籍したことを指している。写真/神奈川近代文学館所蔵

その日、筆子の通う小学校の先生が、生徒たちの前でたまたまこんなことを言った。

「徴兵忌避というようなことがありますが、これは国民として恥ずかしいことです。この国民の義務を遂行しなくては、忠良の日本国民とはいわれないでしょう」

すると、筆子がすっと立ち上がって、質問をした。

「先生、私のお父さんは北海道へ行って徴兵を逃れたというのですが、お父さんは日本国民ではないのでしょうか?」

子供だけに深い意味もなく、ただ素朴に問いかけているのだった。これには教師の方が言葉につまった。しばらく黙っていたが、ようやく思いつき、諭すように言った。

「いえ、あなたのお父さんは、ほかのことで国家のおためになりなさる方だから、それでいいのです。けれども、もし、今後、よその方がそんなことをなさるようであったら、必ず諫(いさ)めておあげなさい」

こんなやりとりが学校であったことは、めぐりめぐって漱石の耳にも入った。漱石は複雑な思いでこれを受けとめた。

その翌月、漱石は、新潟県の高田を訪れた折、長女と先生とのこの学校でのやりとりを、正直に『高田日報』の記者に打ち明けている。その一方で、豪雨が屋根を叩く高田中学の講堂で行なわれた現地の中学生向けの講演の中では、こんなことを語った。

「諸君らは、狭い高田気質を脱して、日本的となり、さらには世界的になったらよいと思います。狭い郷臭を去って、立派な日本人に適するような人格をつくり、さらに一歩進んで世界的人物になるような人格をつくったらよいと思います」

次代を担う若者たちが、偏狭な郷土意識やナショナリズムにとらわれず、もっと視野を広げ、世界的人物となるような人格をつくりあげていけば、やがては悲惨な戦争もなくなっていくのではないか。

そんな、遥かな希望を心の奥に抱いていた漱石先生なのである。

■今日の漱石「心の言葉」
戦争は悲惨です。(『書簡』大正3年10月17日より)

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

特別展「100年目に出会う 夏目漱石」
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館では、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催しています。会期は2016年5月22日(日)まで、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

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