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夏目漱石、政府の傍若無人なふるまいに憤る。【日めくり漱石/5月17日】

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今から105 年前の今日、すなわち明治44年(1911)5月17日、政府が「文芸委員会官制」によって選出した文芸委員を発表した。

選出されたメンバーは、森鴎外、上田万年、芳賀矢一、藤代禎輔、上田敏、姉崎正治、足立北鴎、徳富蘇峰、佐々醒雪、幸田露伴、巌谷小波、伊原青々園、大町桂月、塚原渋柿、饗庭篁村、島村抱月の16人。これに、幹事として文部省学務局長の福原鐐二郎が加わっていた。

選ばれた顔ぶれには、漱石と個人的に親交のある者も少なくなかった。それぞれに業績や地位もあり、立派な顔ぶれであった。

しかし漱石は、政府がこうした組織を設けて文芸を審査・評価すること自体に反対だった。そこで、朝日新聞に『文芸委員は何をするか』と題した評論を掲載し、こう断じた。

《この機関を通して、尤(もっと)も不愉快なる方法によって、健全なる文芸の発達を計るとの漠然たる美名の下に、行政上に都合よき作物のみを奨励して、その他を圧迫するは見やすき道理である。公平なる文芸の鑑賞家は自己の所謂(いわゆる)健全と政府の所謂健全と一致せざる多くの場合に於て、文芸院の設立を迷惑に思うだろう》

国家権力による文芸の保護奨励と統制は紙一重。文芸の価値や面白さは、最終的には鑑賞家たる読者が判断すること。これを補佐するジャーナリズムや評論家の存在もある。なんでわざわざ、政府がここに出ばってくる必要があるのか。

こうしたやり方が、下手をすると作品の検閲や言論弾圧にもつながりかねないことを、漱石は危惧していた。坪内逍遥と池辺三山、黒岩涙香も、委員への選任を断ったと伝えられる。彼らにも漱石と同様の意識があったのかもしれない。

単なる杞憂とは言い切れない。つい1年前には、幸徳秋水をはじめとする社会主義者・無政府主義者たちが大量に検挙される大逆事件があり、秋水を含む12人がこの1月に処刑されていた。そんな出来事もわが身に引きつけ、言論の自由、表現の自由を守らねばならないという危機感に結びつけている漱石先生だった。

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幸徳秋水(1871~1911)。土佐高知で生まれ自由民権運動の熱気の中で育つ。各地の新聞記者生活を経て、『万朝報』入社の頃から社会主義思想に目覚める。社会民主党を結成したり『平民新聞』を創刊するなどして社会主義運動に邁進するが、社会主義者・無政府主義者数百名を検挙し弾圧する大逆事件でとらえられ、天皇暗殺計画の首謀者として処刑された。写真提供/日本近代文学館

ちなみに、漱石の死から17年後には、『蟹工船』で知られるプロレタリア作家・小林多喜二の警察署内での拷問死も起きている。

人間は弱いもので、権力を手にすると、勘違いしてつい行き過ぎる恐れがある。だから、権力が世人を監視するのでなく、民衆の側が権力の行き過ぎがないように注視する必要が出てくるのだろう。役人なども、ともすると、いつのまにか偉くなってふんぞり返っている。漱石は『吾輩は猫である』の中に、こんな一文もひそませている。

《役人は人民の召使である。用事を弁じさせるために、ある権限を委託した代理人のようなものだ。ところが委任された権力を笠に着て毎日事務を処理していると、これは自分が所有している権力で、人民などはこれについて何らの喙(くちばし)を容(い)るる理由がないものだなどと狂ってくる》


■今日の漱石「心の言葉」
強者の都合よきものが道徳の形にあらわれる(『断片』明治34年より)

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

特別展「100年目に出会う 夏目漱石」

夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館では、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催しています。会期は2016年5月22日(日)まで、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

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