サライ.jp

漱石5月14日配信(宇和島城)

国内に現存する12天守のひとつである宇和島城。三層三階の天守は国指定の重要文化財。

今から105 年前の今日、すなわち明治44年(1911)5月14日は比較的に温暖な日曜日だった。

この日、東京・早稲田南町に住む44歳の漱石のもとに、松山時代の教え子の俳人で、宮内省に勤務する松根東洋城(まつね・とうようじょう)から突然の葉書が届いた。「国ぶりの御馳走をしたいので今夕お出かけください」という内容だった。

追いかけるように電報もきた。夕方5時頃から築地の自宅で待っているという。名門の出で育ちがいいせいか、臆するところなく、かなり押しが強いのである。

松根東洋城は東京生まれの伊予宇和島(現在の愛媛県)育ち。父は宇和島藩城代家老、母は宇和島藩主・伊達宗城(だて・むねなり)の次女という家系だった。その東洋城がいう「国ぶりの御馳走」は、当然、宇和島の郷土料理ということになる。

ついでにいっておくと、NHKの朝ドラ『花子とアン』で女優の仲間由紀恵が演じて話題となった歌人の柳原白蓮(やなぎわら・びゃくれん)は、この人、松根東洋城のイトコに当たる。

東洋城が、少し強引に漱石を招待したのには、前段からの流れもあった。東洋城はこの3月、築地へ引っ越した。その直後にも、「ぜひ遊びにきてください」と漱石に言葉をかけていた。だが、漱石は、早稲田から出かけていくには電車の便も悪くてちょっと億劫なので、遠慮させてもらった。以降、いまだその新居に足を向けていなかったのだ。

東洋城については、態度が横柄だ、ととらえる向きもあり、必ずしも人好きのするタイプではなかったようだ。だが、漱石はその遠慮のなさも含め、裏のない好人物と見て可愛がっていた。この前年、漱石が胃潰瘍で入院した後の転地療養先を伊豆・修善寺に選んだのも、ちょうど東洋城が北白川宮(きたしらかわのみや)のおつきで同地に赴(おもむ)くことが決まっていたためだった。その日その日の勤めを終えた東洋城と、夕刻から俳句でもひねり合おうか、と考えたのだ。

漱石が東洋城を評した、こんな一文がある。

《東洋城は俳句本意の男である。あらゆる文学を十七字にしたがるばかりではない、人世即俳句観を抱いて、道途(どうと)に呻吟(しんぎん)している。時々来ては作りましょうと催促する。(略)東洋城と余は俳句以外に十五年来の関係がある。向うでは今日でも余を先生々々という。余も彼の髭と金縁眼鏡を無視して、昔の腕白小僧として彼を待遇している》(東洋城撰『新春夏秋冬 夏之部』に寄せた序文)

東洋城に対する漱石の温かな情愛が、行間から伝わってくる。

漱石は夕刻、江戸川橋停留所から電車に乗って、駿河台下、呉服橋、茅場町と3度の乗り換えを経て、築地へ至った。新富座の前を通ると、芝居の興行があるようで、だいぶにぎわっていた。近辺の空気は、同じ東京でも山の手に比べるとぐっと陽気で、水の光も柔らかに感じられる。東洋城の家に到着したのは午後6時過ぎだった。

東洋城が漱石のために用意していたメインの献立は、「さつま」と呼ばれる郷土料理だった。魚を焼いて身をほぐしたものと、香ばしく焼いた味噌をすり合わせ、魚の頭や骨や皮でとった出汁でのばす。さらに、その中に魚の切り身を生のまま入れて、葱をそえ、あつあつの麦飯の上にかけて食べるというもの。

もともとは、漁師が船上で魚入りの味噌汁を麦飯にかけて食べていたのが始まりという。素朴で気取らない料理だった。他に、梅びしおに似た「梅肉」と呼ばれる料理なども、漱石の舌の記憶に残った。

■今日の漱石「心の言葉」
僕が話の御馳走をするよ(『二百十日』より)

夏目漱石肖指定画像(神奈川近代文学館)720_141-02a

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵


特別展「100年目に出会う 夏目漱石」
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館では、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催中。会期は2016年5月22日(日)まで、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

「日めくり漱石」の記事一覧へ

ランキング

人気のキーワード

新着記事

ピックアップ

サライプレミアム倶楽部

最新記事のお知らせ、イベント、読者企画、豪華プレゼントなどへの応募情報をお届けします。

公式SNS

サライ公式SNSで最新情報を配信中!

  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE

サライ最新号
2021年
2月号

サライ最新号

大人の逸品Online Store

通販別冊
通販別冊

心に響き長く愛せるモノだけを厳選した通販メディア

おすすめのサイト
dime
be-pal
スーツウーマン
mensbeauty
petomorrow
リアルキッチン&インテリア
大人の逸品
おすすめのサイト
dime
be-pal
スーツウーマン
mensbeauty
petomorrow
リアルキッチン&インテリア
大人の逸品