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夏目漱石、正岡子規の主治医に腹を立てる。【日めくり漱石/5月13日】

『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともにお届けします。

■今日の漱石「心の言葉」

時とすると理詰めの虚言(うそ)をつかねばならぬ(『吾輩は猫である』より)

リサイズ/漱石5月13日使用(炭団坂)SNEG4972

東京・文京区本郷の炭団坂付近。この辺りに正岡子規も下宿した常盤会寄宿舎があり、漱石も繰り返し足を運んだ。大学時代の子規は欠席しがちなこともあり劣等生だった。特待生の漱石は落第しそうな子規のために勉強を教えたり、追試のことで先生たちの間を駆け回ったりした。

【1909年5月13日の漱石】

今から127 年前の今日、すなわち明治22年(1889)5月13日、一高に在学中の22歳の漱石は、本郷・真砂(まさご)町の常盤会寄宿舎に正岡子規を訪ねた。学友の米山保三郎と龍口了信(たつぐち・りょうしん)も一緒だった。

常盤会寄宿舎は、子規の郷里である愛媛・松山の旧藩主・久松家が、松山から上京して勉学する子弟のために用意した宿舎であった。廃藩置県は明治4年(1871)になされているが、旧藩の意識やそれに基づく慣習は、なんとなしに引き続いているのである。

子規はこの数日前、突然に喀血していた。漱石はそのことを聞きつけ、友人とともに見舞いにかけつけたのだった。

子規を見舞ったあと、3人の学友は、子規を診察した近所の開業医・山崎元修のもとへ足を運んだ。詳しい病状やこれからの治療方針について尋ねるためだった。ところが、山崎は取り込み中だから面会できないという。やむなく取次の者を通して問いただすと、

「軽症で今のところ入院の必要はないと思うが、ちょっとした風邪でも悪化させると、結核などの重病を引き起こす場合もあり、養生が肝心だ」との答えだった。

なんだか漠然とした返答だったが、医者としては、それ以上のいいようもなかった。肺結核の疑いが濃厚で、まず間違いないと推察できても、診断の確定はそう簡単にはくだせない。現代医学でも見落としてしまうことがある。まして、当時の結核は、ペニシリンなどの特効薬がないため、相当に死亡率が高い。今にあてはめるならガン告知に近いわけで、軽々に決めつけて口にするわけにはいかなかった。

第一、つめかけてきている相手は、子規の家族でもなんでもなく、ただの同級生である。そうしたもろもろの事情を考慮すると、このくらいの言い方しかできなかった。

医師とすれば、そこのところを斟酌(しんしゃく)してくれ、と言いたいところだったろうが、友人たちは若い。病院側の対応がいかにも不親切だと腹を立て、不信感を抱いた。東京帝国大学の構内には第一医院もあり、そちらで診察し直してもらった方がいいのではないか。漱石はそう思った。

帰宅した漱石は、すぐに子規宛てに再診を勧める書簡をしたため励ました。

《小にしては御母堂の為め大にしては国家の為め自愛せられん事こそ望ましく存候》

いささか大袈裟な言い回しは、半ばユーモアで、半ばは本気だった。明治期の志ある青年たちの多くが、己の身を立て国を背負う気概を有していた。司馬遼太郎が長編歴史小説『坂の上の雲』に書いた次のような一文が、時代の空気をよく伝えている。

《立身出世主義ということが、この時代のすべての青年をうごかしている。個人の栄達が国家の利益に合致するという点でたれひとり疑わぬ時代であり、この点では、日本の歴史のなかでもめずらしい時期だったといえる》

子規16歳の頃を振り返っても、「松山中学只虚名」うんぬんの漢詩を残して中学を中退、太政大臣になるという夢を抱いて上京したのである。その後、目指す方向性は変わるが、俳句、短歌の革新という大事業に取り組んでいく。

漱石がこののち大学に進んで、建築家志望から文学志望へと転ずるのも、後世に残るような仕事をなしたいがためであった。

夏目漱石肖指定画像(神奈川近代文学館)720_141-02a

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 

特別展「100年目に出会う 夏目漱石」
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館では、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催中。会期は2016年5月22日(日)まで、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

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