夏目漱石、道後温泉で極上のサービスを味わう。【日めくり漱石/5月10日】

『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などにつづった「心の言葉」とともにお届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

天下に何が薬だといって、己を忘れるより薬なことはない(『吾輩は猫である』より)

リサイズ漱石5月10日使用分(道後温泉)

道後温泉本館は明治27年の建築。三層楼のどっしりした建物は重厚で趣深く、平成6年には国の重要文化財に指定された。現在も、朝の一番風呂に入ろうと、時を告げる太鼓の音を待ち構える地元の人が少なくないという。漱石ゆかりの「坊っちゃんの間」も設えられていて、見学が可能だ。

【1895年5月10日の漱石】

松山時代の漱石の楽しみに、道後温泉の入浴があった。漱石が赴任する前年(明治27年)には、道後温泉に見事な三層楼の建物が築かれていた。お湯の気持ちのいいのはもちろんのこと、建築も立派。8銭の入浴料を払うと上客の扱いで、松山城を遠望する3階の客室に通され、天目台にのせたお茶と菓子が供される。そのうえ、お湯に入れば頭髪まで石鹸で綺麗に洗ってくれるのだった。

東京から松山に来て1か月が経ち、漱石は何度か味わったその心地よさを東京にいる友人で教育者の狩野亨吉(かのう・こうきち)への手紙の中にも「随分結構に御座候(ござそうろう)」と書いた。それが明治28年(1895)5月10日、つまり今から121 年前の今日のことだった。

狩野亨吉は、漱石より2歳年長だが、互いに信頼し、隔意のない付き合いをしていた。

この狩野亨吉に関して、筆者は江戸学の大家、故・西山松之助先生から面白いエピソードを聞いたことがある。狩野亨吉は勉強家で多くの蔵書を有していて、本人の没後、その蔵書は、漱石の場合と同じく、東北大学附属図書館に寄贈された。西山先生は、その中の貴重な一冊を見せてもらう機会があった。見ていくと、その最後のページに、狩野亨吉が自らの筆で、その本を入手した由来を朱で記してあった。それによると、狩野亨吉はこの貴重な本が吉原(遊郭)でも最上級の大店(おおだな)にあることを知って、金を工面して登楼し、主人に頼み込んで本を貸してもらおうとした。すると主人は、

「あなたのような帝大の学生さんがわざわざ登楼してこなくても、この本は貸してあげる。使い終わったら返してください」と言ってくれた。

大変貴重な本なので、亨吉がその日のうちに筆写して返却に行くと、今度は、

「この本は自分が持っているより、あなたのように本当に必要とする人が持っていた方がいいから」

楼主はそう言って、その本をプレゼントしてくれたというのである。

のちに、第一高等学校校長、京都帝国大学の初代学長などを歴任しながら、文部省と衝突して教育界の現場から退いた硬骨漢。生涯、独身主義で通した狩野亨吉の息づかいが感じられるような逸話である。同じ吉原に出入りするのでも、半端な不良学生や、落語に登場する遊び人の若旦那などとは、志が違うのである。漱石とウマが合うのも、うなずける。

さて、道後温泉の素晴らしさを知らせた狩野亨吉宛ての手紙に、漱石はこうもつづった。

《当地着以来、教員及び生徒との折合もよろしく、ただ煩瑣(はんさ)なるに少々閉口いたし候のみ。目下、愛松亭と申す城山の山腹に居を卜(ぼく)し、終日昏々俗流と打混じおり候》

煩わしいこともあるけれど、世俗の中にうもれる田舎教師の暮らしも、まあそれほど悪くはない。そんな漱石の気分が、文面の隅に漂っている。

当時、愛媛尋常中学校(松山中学)の生徒だった桜井忠温は、後年、温泉で何度も漱石を見かけたと証言している。実際に目撃したのは日曜日だったが、時折は松山人並みに、手拭いをぶらさげての出勤前の朝湯もやったに違いない、とも述べている。

漫画家の岡本一平(芸術家・岡本太郎の父で漱石とも交流があった)による『漱石八態』にも、帽子をかぶって手拭いを手に道後温泉に向かう漱石の姿が描かれているが、飄々として、ひととき忘我の境地にでも入っているように感じられ、見ているだけでも楽しい。

名作『坊っちゃん』の中にも、道後温泉は「住田」と名前を変えて登場する。

《住田という所は温泉のある町で城下から汽車だと十分ばかり、歩行(ある)いて三十分で行かれる。料理屋も温泉宿も、公園もある上に遊廓がある。(略)温泉は三階の新築で上等は浴衣をかして、流しをつけて八銭で済む。その上に女が天目へ茶を載せて出す》

道後温泉は歴史を今に引き継いで、松山観光の目玉のひとつとなっている。お茶とともに供される「坊っちゃん団子」の味も悪くない。

28歳という若き教師の漱石にも、『坊っちゃん』の主人公のように、湯船の中で泳いだりする一幕があったのかもしれない。

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

特別展「100年目に出会う 夏目漱石」
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館では、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催中。会期は2016年5月22日(日)まで、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

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