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『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともにお届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

男は女、女は男を要求す。自分に必要で、自分のもっていないものを他に見出すが故に、互いに要求するなり(『断片』大正5年より)

リサイズ4月7日使用分(勝海舟銅像)WKTK9754

漱石は親戚の結婚披露宴で勝海舟のじつの娘と対面した。写真は墨田区役所前のうるおいの広場に立つ勝海舟像。勝海舟(1823~1899)は、薩摩・長州を中心とする東征軍の江戸総攻撃予定日の前夜、薩摩の西郷隆盛と会談、無血開城への道を開いた。晩年は、旧幕臣の生活救済や逆臣となった西郷隆盛の名誉回復に心を配った。

 

【1911年5月9日の漱石】

今から106 年前の今日、すなわち明治44年(1911)5月9日は、平日(火曜日)ではあったが、めでたいことには「よし」とされる友引(ともびき/六曜のひとつ)だった。そんなこともあって、夕方5時から、鈴木禎次(すずき・ていじ)の妹・鈴木幸世の結婚披露宴が行なわれることになっていた。鈴木禎次は、漱石の妻・鏡子の妹・時子の夫であり、漱石にとっては義理の弟にあたる人物。職業は建築家。披露宴の会場は、鈴木兄妹の父である鈴木利亨(りとう)の自邸(本郷区西片町)だった。

漱石はちょっと遅れてしまい、夕方の5時少し過ぎ、縞の着物で会場に到着した。鈴木禎次も、漱石の服装に合わせて縞の着物を着用していた。披露宴には、幕末・明治の政治家である勝海舟のじつの娘・逸子(いつこ)と、その夫の目賀田種太郎(めがた・たねたろう)男爵も出席していた。漱石は逸子と対面しながら、若々しく髪も黒々としているのに意外な感じを抱いた。勝海舟というと、漱石にとっても相当に昔の人という印象が強く、その娘がこんなに若いのかと、内心びっくりしていたのだ。

新政府軍と旧幕府側が戦った戊辰戦争(1868~1867)の折、江戸が無惨な戦場となって焼失せずに済んだのは、幕臣だった勝海舟と討幕軍を率いる西郷隆盛の会談の成果といわれる。江戸っ子の漱石にとっては、そうした意味からも、勝海舟は親しみを感じる存在であっただろう。それでも、維新から半世紀近い歳月が流れる中で、勝海舟はいつのまにか、遠い過去の歴史上の人物のひとりに位置づけられてしまっていた。

結婚披露宴の仲人をつとめるのは、大倉組の取締役をつとめる門野重九郎(かどの・ちょうきゅうろう)とその妻・りよのふたり。門野夫妻は明治30年(1897)から9年間、仕事の関係でロンドンに滞在しており、漱石も留学中の一夕、夫妻宅で牛鍋をご馳走になったことがあった。

「英国の方がいいでしょう?」と漱石が声をかけると、りよ夫人は「ええ、9年もおりましたから」と答える。その隣から重九郎は「あの時分よりだいぶ太られましたな」と声をかけてきた。10年ぶりの対面。漱石は44歳となっていた。

料理は日本料理店『伊予紋』が給仕つきで用意し、膳が5度、汁が5つ出る御馳走だった。引出物も、鰹節7本に老舗菓子舗『藤村』(東京・本郷で昭和末期まで営業)の和菓子3種など、手に持つとずしりとした重みがあった。漱石は、『藤村』の羊羹(ようかん)が好物だった。羊羹は、味だけでなく、見た目も大好き。漱石は『草枕』の中に、こんな一文まで書き込んでいる。

《余は凡(すべ)ての菓子のうちでもっとも羊羹が好きだ。(略)あの肌合いが滑らかに、緻密に、しかも半透明に光線を受ける具合は、どう見ても一個の美術品だ。ことに青味を帯びた練上げ方は、玉(ぎょく)と蝋石(ろうせき)の雑種の様で、はなはだ見て心持ちがいい。のみならず青磁の皿に盛られた青い練羊羹は、青磁のなかから今生れた様につやつやして、思わず手を出して撫でてみたくなる》

さてさて、料理も引き出物も招待客も仲人も、なかなかに立派な鈴木家での結婚披露宴。費用もどれほどかけているのか。

漱石先生、ふと、自分と妻・鏡子との、仲人もなく、老女中と車夫の他には招待客もなく、親族の出席者も花嫁の父だけという、あまりに素朴に過ぎた結婚式を思い出している。このときにかかった費用は、仕出屋に支払った7円50銭のみ(現在の金額にして約7万5000円)だった。

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

特別展「100年目に出会う 夏目漱石」
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館では、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催中。会期は2016年5月22日(日)まで、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

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