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徴兵検査を受ける弟子の話に夏目漱石は切なさで胸が詰まり…【日めくり漱石/5月7日】

『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともにお届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

一体、戦争は何のためにするものだか解らない(『三四郎』より)

トリミング4月7日使用文(味生柑・ザボン)

ザボンの砂糖漬を食べるとき、漱石の頭には、果物好きだった亡友・正岡子規の顔が浮かぶこともあっただろう。ザボン(文旦)の原産地はマレー半島からインドネシア。日本には江戸時代に持ち込まれたという。

 

【1909年5月7日の漱石】
明治42年(1909)5月7日、今から107 年前の今日、42歳の漱石は、昔の教え子で今は鹿児島の第七高等学校でドイツ語を教える林久男(はやし・ひさお)が送ってくれたザボンの砂糖漬けを受け取った。まるまると大きく立派な姿は、雄大な桜島や薩摩の英雄・西郷隆盛の姿を連想させた。

漱石は筆をとって、礼状を書いた。

《その後達者にて御暮し奉賀候(がしたてまつりそうろう)。時々は薩摩へ行って桜島が見たくなり候ものの、その日その日に追われると、これも夢に候。砂糖漬わざわざ御送りくだされ、ありがたく拝受(略)あのザボンの砂糖漬の偉大なるには驚き候。西郷隆盛の砂糖漬のようなものに候。「三四郎」不日(ふじつ=ひならず/まもなくの意)出来(しゅったい)につき、出来たら御返礼に差上げたくと存じ候》

礼状を書きながら漱石は、東大の独文科で林久男と同級だった小宮豊隆(こみや・とよたか/漱石の弟子でドイツ文学者)のことを思い出した。

豊隆は徴兵検査のため、2日前に郷里の熊本に帰省したばかりだった。この頃、日本には徴兵制が敷かれていた。1890年(明治23)に施行された大日本帝国憲法にも《日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ兵役ノ義務ヲ有ス》と書かれていた。

帰省前に漱石のもとを訪れた豊隆は、熊本の祖母が、「食べものを食べず腹をくだすなどして、なるべく体を疲れさせて帰っておいで」という内容の手紙をよこしたことを、半分笑い話のように語っていた。それも、他人に見られることのないよう、書留で送ってきたという話であった。

漱石は林久男あての手紙の追伸にそんなことをも記した上で、《愛嬌に御座候》と締めくくった。

わが子を、命を落とすかもしれない戦地に、嬉々として送り出す親などいない。漱石の実父の直克(なおかつ)も、漱石がまだ大学生の頃、息子を兵隊にとられるのを恐れて、徴兵制の適用外地域だった北海道へ漱石の籍を移したことがあった。漱石の兄がふたり相次いで若くして亡くなったため、親としては将来、家督を漱石に継がせることも視野に入れていたのかもしれない。こうした転籍などの対処は、当時の帝大生の親たちの間では、ごく普通に見られた。当時の徴兵制では、帝大生も在学中は徴兵猶予とされていたから、万一、卒業と同時に軍隊に引っ張られるようなことがあってはたまらないという空気が、大学やその周辺に漂っていたのだろう。

それから20年近い年月が流れ、今は自分の教え子が徴兵検査を受けるという時代になっている。豊隆に「なるべく体を疲れさせて帰ってこい」と伝えてきたという年老いた祖母の気持ちを思うと、胸がぎゅっと締めつけられる漱石先生だった。

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

特別展「100年目に出会う 夏目漱石」
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館では、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催中。会期は2016年5月22日(日)まで、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

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