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『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともにお届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

死を生に変化させる努力でなければ、すべてが無益である(『日記』明治44年12月3日より)

リサイズ5月5日使用(中原中也)003

中原中也(1907~1937)。山口県生まれ。ダダイスト詩人として出発し、フランス象徴派の影響を受ける。その後、大岡昇平、河上徹太郎らと創刊した同人誌などを通じて、孤独の魂をうたいあげた詩を次々と発表した。詩集に『山羊の歌』『在りし日の歌』がある。写真提供/日本近代文学館

 

【1909年5月5日の漱石】

今から107 年前の今日、すなわち明治42年(1909)5月5日、漱石は東京・早稲田南町の自宅(通称、漱石山房)で、中村古峡(なかむら・こきょう)と対面していた。古峡は東京帝国大学の英文科で漱石の授業を受けた、かつての教え子。大学卒業後、漱石の紹介で東京朝日新聞に入社していた。古峡は近々、満州(現・中国東北部)と韓国を旅することになっており、現地で働く漱石旧知の人たちへの紹介状を書いてほしいと、頼みにきたのだった。

漱石はこの教え子のために、3通の紹介状を用意した。中村是公(なかむら・ぜこう)、小城斉(こじょう・ひとし)、佐藤友熊(さとう・ともくま)に宛てた紹介状だった。いずれも漱石の学生時代からの友人で、中村是公は南満洲鉄道(満鉄)総裁、小城斉は朝鮮総監府鉄道管理局平壌出張所長、佐藤友熊は満州旅順警視総長をつとめていた(中村是公の詳しい記事を読む)。

さすが、漱石先生の人脈は広い。

古峡は、大学に在学中、自己の苦しい境涯を訴える手紙を漱石宛に書いたことがある。その手紙に対し、漱石は次のような奮励の返信を送った。

《世の中にはまだまだ苦しい連中が沢山あるだろうと思う。おれは男だと思うと大抵な事は凌(しの)げるものであるのみならず、却って困難が愉快になる。(略)大いに勇猛心を起こして進まなければならない。(略)世の中は苦にすると何でも苦になる。苦にせぬと大概な事は平気でいられる》(明治40年5月26日付)

恩師からこんな言葉で背中を押され、直接に励まされたら、若い人たちはどれほど勇気づけられることだろう。

漱石は、この手紙に、さらにこうも付け加えていた。

《将来、君の一身上につき僕の出来る事ならば何でも相談になるから、遠慮なく持って来たまえ》

手紙に書かれた漱石先生の一語一語が、古峡の胸の奥深くへ刻みこまれていた。その場だけの、単なるリップサービスで物を言うような恩師でないことも古峡にはわかっている。だからこそ、この日も、頼みごとをしに漱石山房を訪れていた。

古峡は後年、心理学の研究に没入し、東京医学専門学校で学び直し、精神医学の療養所を開いた。この療養所は、中村古峡記念病院(千葉市)として今もその歴史を引き継ぐ。昭和初期には、詩人の中原中也(なからは・ちゅうや)も、この療養所で治療を受けている。これも文壇史の、不思議なつながりといえるだろうか。

このとき中也をひどい神経衰弱に追い込んだのは、幼い長男・文也(2歳)の病死だった。偶然ながら、明治44年(1911)11月、漱石の五女・ひな子(1歳半)が自宅の茶の間で食事をしていて急逝してしまったとき、奥の書斎で漱石と歓談していたのは中村古峡だった。漱石夫妻は、真珠のように透明な青白い皮膚と、漆のように濃い大きな眼を持つこの幼い娘を、指輪にはめた真珠のように大事に抱いて離さず、可愛がって育てていた。それが、ついさっきまで元気で飛び回っていたのに、突然亡くなってしまったのである。

漱石と中也。ふたりの文人の愛児を亡くすという哀しみが、中村古峡を介在し、時代を超えて小さく響きあっているようにも思える。

「愛するものが死んだ時には」で始まる名詩『春日狂想』の中で、中也はつぶやく。

《まことに人生、一瞬の夢/ゴム風船の、美しさかな》

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

特別展「100年目に出会う 夏目漱石」
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館では、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催中。会期は2016年5月22日(日)まで、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

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