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40歳の夏目漱石が東大教授への昇進話と引き替えに手に入れた人生の宝物とは【日めくり漱石/5月3日】

『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともにお届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

思い切って野(や)に下り候。生涯はただ運命を頼むより致し方なし(『書簡』明治40年3月23日より)

 

漱石の「東京帝国大学文科大学講師嘱託解除辞令」。明治40年4月22日の日付が入っている。これを受け取ることで、漱石は正式に「大学屋」を辞した。写真/神奈川近代文学館所蔵

漱石の「東京帝国大学文科大学講師嘱託解除辞令」。明治40年4月22日の日付が入っている。写真/神奈川近代文学館所蔵

 

【1907年5月3日の漱石】

今から109 年前の今日、すなわち明治40年(1907)5月3日、漱石は東京朝日新聞に『入社の辞』を発表した。そこには、次のような言葉が書かれていた。

《大学を辞して朝日新聞にはいったら、逢う人が皆驚いた顔をしている。中には何故だと聞くものがある。大決断だと褒めるものがある。大学をやめて新聞屋になる事がさほどに不思議な現象とは思わなかった。余が新聞屋として成功するかせぬかはもとより疑問である。成功せぬ事を予期して、十余年の径路を一朝に転じたのを無謀だといって驚くならもっともである。かく申す本人すらその点に就ては驚いている》

東京帝国大学の教職をやめて、東京朝日新聞に小説記者(専属作家)として入社する。その決断を聞いて、周囲の者は一様に驚きを示したというのである。漱石は続ける。

《しかしながら大学のような栄誉ある位置を抛(なげう)って、新聞屋になったから驚くというならば、やめてもらいたい。(略)新聞屋が商売ならば、大学屋も商売である。商売でなければ、教授や博士になりたがる必要はなかろう。月俸を上げてもらう必要はなかろう。勅任官(ちょくにんかん/明治憲法下の官吏区分のひとつで高等官の一種)になる必要はなかろう。新聞が商売である如く大学も商売である》

英国留学から帰国し、講師として東京帝国大学の教壇に立って4年が過ぎ、漱石には教授昇進の内示も出ていた。でも、それを断って、東京朝日新聞入りを決めた。大学側にはすでに辞意を伝えて認められ、「講師嘱託解除辞令」も受け取っていた。

まだまだ官尊民卑の色合いの濃いこの時代、東京帝国大学教授といえば世間の評価は非常に高かった。民間企業と違って倒産の心配もなく、定年退職後の恩給(年金)も含め経済的にも優良で安定的な職業といえた。だからこそ漱石も、「栄誉ある位置」という言い方をしている。かたや明治期の新聞界はまだまだ未成熟で、先行きがどうなるかわからない。また、創作家として、この先どれだけのものを生み出し続けていけるのか、幾ばくかの不安が胸をよぎるところもあった。

それでも、あえて「新聞屋も大学屋も同じ商売だ」と言い放ち、前に踏み出す。不安もないわけではないが、期待も大きい。今は「官」の縛りを脱した晴れ晴れとした解放感と、「ひとりの物書きとして行けるところまで行ってやろう」という軒昂たる意気が、漱石の胸の中にあふれていた。

『入社の辞』は、こんな一文で結ばれる。

《人生意気に感ずとか何とかいう。変り物の余を変り物に適する様な境遇に置いてくれた朝日新聞のために、変り物として出来得る限りを尽すは余の嬉しき義務である》

漱石先生このとき、満40歳。『論語』にいう「不惑」に達しての、新たなスタートの決断。幕末の志士の如き気概で文学に立ち向かう--そんな覚悟さえ、腹の底に据えているのであった。

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 

特別展「100年目に出会う 夏目漱石」
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館では、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催中。会期は2016年5月22日(日)まで、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

    
文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

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