おまえが恋しい!英国留学中の夏目漱石が妻に送った恋文【日めくり漱石/5月2日】

『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともにお届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

自然は真空を忌(い)み、愛は孤立を嫌う(『野分』より)

夏目鏡子と筆子の母娘。明治33年頃の撮影と伝えられるから、漱石がロンドン留学中に写した一葉かもしれない。誕生日を迎えれば、満年齢で鏡子が23歳、筆子が2歳になる頃の写真ということになる。写真/神奈川近代文学館所蔵

漱石の妻・鏡子と長女・筆子。明治33年頃の撮影と伝えられるから、漱石がロンドン留学中に写した一葉かもしれない。誕生日を迎えれば、満年齢で鏡子が23歳、筆子が2歳になる頃の写真ということになる。写真/神奈川近代文学館所蔵

 

【1901年5月2日の漱石】

ロンドンに留学中の34歳の漱石のもとに、鏡子夫人と長女・筆子の写真が届いたのは、明治34年(1901)5月2日、つまり今から115 年前の今日のことだった。3か月ほど前、漱石が鏡子に手紙を書いて「写真を送ってほしい」と頼み、これに応えて鏡子が郵便で送ってきたのである。

日本を発ってからおよそ8か月。家族と離れての遠い異国での暮らしに、漱石は寂しさと孤独感を覚えていた。この感情は、漱石自身にとっても意外なほどの激しさをともなって胸に迫っていた。結婚当初、新妻に面と向かって、

「俺は学者で勉強せねばならない身だから、おまえなんかに構ってはいられない。それは承知しておいてもらいたい」

と言い放った漱石が、ロンドンからは、

「おまえがしきりに恋しい」と妻への恋文をつづっている。

若さはちきれる22歳、独身の医学生としてドイツへ留学し、現地人女性と深い恋愛関係に落ちていった森林太郎(森鴎外)とは、なんとも対照的な留学生活なのである。

比較でいえば、さらに、大正初期、40歳を過ぎてパリに留学した島崎藤村の行動も、漱石や鴎外と並べてみると興味深い。藤村は、いつまでも日が暮れないパリの夏の夜に浮かれ遊ぶ画家志望の若者たちをよそ目に、ひとり下宿で胡座(あぐら)をかいて日本茶をすすり、さめざめと泣くこともあった。年齢的にも青春の時期を抜け、家族を持つ身となっていると、やはり20歳そこそこの独り身の画学生や医学生のように、行き過ぎるほどの柔軟性は発揮できないのである。

まして漱石の場合は、文部省から要請のあった単なる英語教師としての勉強を超え、「そもそも文学とはなんなのか、世界と文学との関係はいかなるものなのか」といった、誰も踏み込んだことのない命題に取り組もうとしていた。導いてくれる先生もいなければ、一緒に勉強する学究仲間もいない。孤独な道を歩もうとしていた。

筆不精の鏡子から送られてきた久しぶりの便りと、母娘の写真は、そんな漱石の胸にしみいり、心を和ませた。筆子はもうすぐ満2歳。かわいい盛りだった。

ちょっと恥ずかしいような気もしたが、漱石は、ふたりの写真をストーブの上に飾ることにした。ヨーロッパでは当たり前のように行なわれている習慣だし、何より漱石自身が身近に妻と娘の存在を感じていたい心境だった。

下宿のおかみさんのブレット夫人とその妹のケイト・スパローが、たまたま部屋の掃除にきてこの写真を見つけ、漱石にこう言った。

「とても可愛らしいお嬢さんと奥さんですね」

お愛想も幾分か入っての言葉だったのだろうが、漱石は大いに照れてしまい、こんなふうに言葉を返した。

「なに、日本じゃこんなのは、皆、お多福の部類に入れてしまうんですよ。美しいのは、もっと他に大勢います」

言った本人は謙遜のつもりだが、聞きようによっては、「日本は美人が多い国柄だ」という宣伝にも聞こえる。妙な形で御国自慢を繰り広げてしまった漱石先生だった。

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 

特別展「100年目に出会う 夏目漱石」
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館では、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催中。会期は2016年5月22日(日)まで、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

    
文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

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