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病床に伏す夏目漱石が、胃の痛みよりつらいと感じたことは?【日めくり漱石/4月30日】

『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともにお届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

明暗は表裏の如く、日のあたるところにはきっと影がさす(『草枕』より)

『行人』の単行本は、中断をはさんだ新聞連載後、大正3年1月に大倉書店より刊行された。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

『行人』の単行本は、中断をはさんだ新聞連載後、大正3年1月に大倉書店より刊行された。写真/県立神奈川近代文学館所蔵


【1913年4月30日の漱石】

今から103 年前の今日、すなわち大正2年(1913)4月30日、漱石は東京・早稲田南町の自宅で病床に伏せっていた。

持病の胃潰瘍が悪化し血便が出たのは、3月の終わりであった。折から漱石は、朝日新聞紙上に小説『行人』を連載中だった。しばらくは、様子を見ながらなんとか原稿を書き継ごうと試みていたが、原稿を書いていると頭がくらくらし、立ち上がると足元がふらつき、ときどきは胸も痛むといったあんばい。近代知識人の苦悩と孤独に迫るこの小説は、とうとう4月7日をもって掲載を中断することになった。

主題の重さが漱石にのしかかり、芳(かんば)しくなかった体調を、さらに悪化させていったように思えなくもない。当日の新聞には、『行人』の休載について次のような断り書きが掲載された。

《本篇は非常の好評を博し、既に完結に近づきたる際、漱石氏病気の為め擱筆(かくひつ)するのやむを得ざるに至り、本日を以て打切となし、他日単行本として刊行の砌(みぎり)これを完成せしむる事となしたり。幸いに諒(りょう)せられよ》

こんな形で途中で筆を止めるのは、漱石にとって初めてのことだった。単行本として刊行するときに完成する、といういい方は、作者自身、もう少し書き足せば終幕となる構想をもっていたことを示している。

この日、4月30日の漱石は、割合と体の調子がよく、体を起こし、少しばかり枕頭の花のスケッチをするなどして過ごした。夜になると、熊本時代の教え子で、漱石宅に書生として住み込んでいたこともある行徳二郎が見舞いにやってきて、しばし歓談した。

体調は簡単には戻らず、漱石の病臥生活は、このあとさらにひと月ほど続く。そうしているうちに漱石の中で、書き継ぐ小説の構想に変化とふくらみが生じていく。同時に、新聞読者に対する責任ということも改めて考える。結局、暑い夏をやり過ごしてのち、9月の声を聞くと、新聞社とも相談の上、連載中の与謝野晶子の小説『明るみへ』の前編が終わった時点で、『行人』の続稿の連載をすることになった。連載再開に当たっては、次のような一文も添えられた。

《病気のため完結する事の出来なかった「行人」の残部を、「明るみへ」の後へ掲載致します。これはさして長いものではないから単行本として出版の時に書き添へるつもりでいましたが、「明るみへ」の後へ挿(はさ)んでも邪魔にならないという保証を社から与えられましたから、読者への義務を完(まっと)うするため、同じ紙上で稿を続く事に取り極(き)めました》

完治しない病を体の奥に抱え、いつ訪れてもおかしくない死の影までを感じながら、なお創作に挑み続けようとする、46歳の漱石先生である。

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 

特別展「100年目に出会う 夏目漱石」
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館では、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催中。会期は2016年5月22日(日)まで、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

  
文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

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