『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともにお届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

真面目(まじめ)になれるほど、自信力の出ることはない(『虞美人草』より)

日露戦争時、海軍軍人として活躍した秋山真之。連合艦隊司令長官・東郷平八郎配下の作戦参謀として、ロシアのバルチック艦隊を打ち破る。写真/国立国会図書館 近代日本人の肖像より。

漱石の一高時代の同級生で、日露戦争時、海軍軍人として活躍した秋山真之。連合艦隊司令長官・東郷平八郎配下の作戦参謀として、ロシアのバルチック艦隊を打ち破る。写真/国立国会図書館 近代日本人の肖像より


  
【1905年4月29日の漱石】

今から111 年前の今日、すなわち明治38年(1905)4月29日、東京・千駄木の漱石邸、通称「猫の家」に人々が集っていた。38歳の漱石を囲む顔ぶれは、俳人の高浜虚子(たかはま・きょし)、漱石の弟子・野村伝四をはじめ5~6人。夕方5時から始まった会合は、深夜11時頃まで続いた。

この会合は、「文章会」と名づけられていた。

俳人で随筆家の正岡子規の提唱により、明治33年(1900)9月から始められたのを引き継ぐもので、「文章には山がなければならない」という考えのもと、自作の写生文や小説作品を持ち寄って発表(朗読)し批評し合うことから、別名「山会」とも呼ばれていた。ここでいう「山」とは”主題”のことであり、同時に表現上の盛り上がりのようなものも示唆していた。

子規の没後も「山会」の熱は衰えず、月1回のペースで開催されており、漱石の処女作『吾輩は猫である』第1回の原稿も、そもそもは明治37年(1904)12月の「山会」で発表(朗読)されたものだった。この原稿の作成に当たっては、編集者としての虚子が漱石の書いた草稿を読んでいろいろとアドバイスし、推敲や削除がなされたと伝えられる。タイトルについても、漱石自身は『猫伝』か『吾輩は猫である』か、どちらがいいか迷っていたが、虚子との相談を経て、後者に決定したという。

漱石邸を「山会」の会場としたのは、この日が初めてのことだった。席上、漱石は自作の短篇『琴のそら音』を自ら朗読した。肺炎で死去した若い細君が手鏡の中に姿を現して戦地の夫に逢いにいくという、ある種の怪談じみた話を盛ったこの作品は、日露戦争のまっただ中にあった当時の時代状況と密接に結びついていた。

司馬遼太郎の長編歴史小説『坂の上の雲』にも描かれたように、子規の幼な友達で、漱石も一高で同級生だった秋山真之(あきやま・さねゆき)は海軍軍人となり、日本の連合艦隊の作戦参謀を務めていた。その連合艦隊が、

《天気晴朗ナレドモ波高シ》

の打電をして、ロシアのバルチック艦隊と日本海で激突するのは、このひと月後のことである。

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 

特別展「100年目に出会う 夏目漱石」
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館では、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催中。会期は2016年5月22日(日)まで、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

 

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