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夏目漱石、アジアを軽侮する新聞の報道姿勢に反感を覚える。【日めくり漱石/4月26日】

『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともにお届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

墨を磨って一方に偏ると、なかなか平らにならぬものだ(『愚見数則』より)

漱石遺愛の中国製の筆洗用陶磁器。書斎回りの品々でも、漱石は中国渡来のものを珍重していた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

漱石遺愛の中国製の筆洗用陶磁器。書斎回りの品々でも、漱石は中国渡来のものを珍重していた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵


【1909年4月26日の漱石】
  
今から107 年前の今日、すなわち明治42年(1909)4月26日、漱石は幾分かほっとした朝を迎えていた。体調を崩し寝込んでいた妻・鏡子の様子が、だいぶ軽快になってきているように見えた。母親につられるように具合を悪くし横になっていた娘も、起きられるようになった。

新聞に目を通すと、韓国の観光団100 余名が来日したことが報じられていた。その記事を見て、漱石はちょっと違和感を覚えた。ジャーナリズムとして本来、公平であるべき新聞が、事実として淡々とこれを報じるのでなく、あえて疎んじるような調子の書き方をしていた。自分たち日本人が、外国を訪問して現地の新聞でそのように扱われたら、いい気持ちはしないだろう。そう思った。

漱石は、公平な目を持っている人だった。急激な欧化政策に走る政府の動きに引きずられ、多くの日本人が深く考えもせず、自分たちがアジア諸国の一員であるのを忘れたかのように、西洋にばかり追随しようとする時流の中で、漱石は冷静な姿勢を保っていた。自分がされて嫌なことを他者にするのはおかしいし、西洋人だという理由だけで相手を偉いもののように思う必要もない。

ロンドン留学中から、漱石のこうした考え方は首尾一貫しており、留学中の日記にも次のような内容のことを書いていた。

「中国人と間違われたからといって、ひどく怒っている日本人を見かけるが、どうしたものかと思う。日本は歴史的にも、多くの文物を中国から受け入れ、学びとり、発展してきた。それを忘れてしまったのだろうか。西洋人は日本人の前では、ややともすると、お世辞で”日本人は好きだが中国の人はあまり好きでない”などという。これを聞いて嬉しがっているのは、昔お世話になった隣人の悪口を面白がり、自分たちへのお世辞に気づかない軽薄な根性ではないのか」と。

漱石は、『戦後文界の趨勢』と題する談話でも、《同じ事を言うても西洋人の言った事であれば肯(うな)づかれる、同じ事を書いても洋語で書いたものは立派なものとされる、大勢は実にかくの如きものである》と嘆いている。

発言や論旨の中身こそが大切なはずなのに、そんなことでいいのかと、素朴な疑問を投げかけるのである。

漱石先生の平らかな目線は、さらに個々人の肩書や貧窮といったものも飛び越える。門弟の森田草平には、こんな手紙も書き送っている。

《他人は決して己以上遥かに卓絶したものではない。また決して己以下に遥かに劣ったものではない。特別の理由がない人には僕はこの心で対している。それで一向差支(さしつか)えはあるまいと思う》(明治39年2月13日付)

 新聞をとじて立ち上がり、縁に出て庭に目をやると、芭蕉が三尺余りの高さにまで伸びていた。ところどころに鬼灯(ほおずき)が芽を出し、生垣の木も赤く芽を吹いている。植木職人に頼んで、庭を綺麗にしてもらおうか。妻や娘の体調への心配もなくなり、ふとそんなことを思う42歳の漱石先生であった。

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 

特別展「100年目に出会う 夏目漱石」
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館では、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催中。会期は2016年5月22日(日)まで、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

    
文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

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