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夏目漱石、京都で病に倒れ夜行列車でどうにか自宅まで帰り着く。【日めくり漱石/4月17日】

『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともにお届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

自己の個性を完成させるために、なるべく多くの美しい女性に接触しなければならない(『三四郎』より)

復元工事を経て、建設当初の面影を見せる東京駅。設計は辰野金吾。

復元工事を経て、建設当初の面影を見せる東京駅。設計は辰野金吾。

    

京都・鴨川沿い、御池橋の袂付近にある漱石の句碑。

京都・鴨川沿い、御池橋の袂付近にある漱石の句碑。京都旅行で世話になった茶屋「大友」の名物女将・磯田多佳に寄せた一句が記される(句の内容は本文参照)。

 

【1915年4月17日の漱石】

今から101 年前の今日、すなわち大正4年(1915)4月17日、午前10時10分、4か月前に開業したばかりの東京駅のホームに1台の列車がすべり込んだ。前日の夜8時58分に京都駅を出発した急行の寝台列車だった。

その一等寝台に、48歳の漱石と妻・鏡子の姿があった。漱石は旅行で出かけた京都で倒れ、鏡子夫人に看病がてら迎えにきてもらい、ようやく帰り着いた東京。こんなはずではない気楽な旅立ちから、ほぼひと月が経過していた。

自宅に戻ると、留守中、漱石のもとに届いた手紙や雑誌が、書斎の机の上に山のように積まれていた。それらに目を通して、返書をしたためるなど、必要な処置を講じていかなければならない。一方で、律儀な漱石としては、今回、京都で世話になった人々へも、間を置かずお礼の手紙をしたためたいとも思っている。京都駅へ見送りにきてくれた友人で画家の津田青楓(つだ・せいふう)と、その兄・西川一草亭の兄弟、茶屋「大友」の名物女将の磯田多佳、気さくでお座持ち芸者の金之助(金ちゃん)、貴婦人のように品がよくて無口な美人芸妓のお君さん、といった面々の顔が脳裏に浮かぶ。

しかし、この日の漱石は、自宅に帰りついただけでほっとして力が抜け、ただ茫然として1日を暮らすしかなかった。

翌日、漱石はどうやら、20通近い手紙を書いたらしい。そのうちの1通、芸妓のお君さん(野村きみ)に送った書簡を紹介しておく。

《啓 京都では一方ならぬ御厄介にになりました。出立の際は夜中わざわざ停車場まで来ていただいてすみません。久しく京の言葉をきいていたものですから、東京へ帰って東京の言葉をきくと妙な心持がする位です。道中は無事につきました。(略)机の上は山のように手紙や何かがのっていて手のつけようがありません。今日からぽつぽつ返事を書き始めます。それで長い手紙はかけません。書画帖は、そのうちいたずらをかいて送ります。東京へ帰ると急に心持がいそがしくなって画だの字をかいていられない気分になります。京都は穏やかです。東山が眼に浮かびます。同時に御君さんの三味線と金ちゃんの常磐津も思い出します。さようなら》

受け取る人の面影を映したような、素直で美しく品位の整った手紙である。

この日から数十年の時が経過し、漱石はとおの昔に鬼籍入りしている昭和21年(1946)5月、磯田多佳の一周忌を記念して京都の源光院で追善の演芸会が催された。会に招かれた谷崎潤一郎は、舞台と向かい合う廊下の壁に、多佳の遺影とともに1本の軸が飾られているのを目にした。それは、生前の漱石が、次のような自作の句を自らの筆でしたためた軸であった。

《春の川を隔てゝ男女哉》

句の脇には、「木屋町に宿をとりて川向のお多佳さんに」という添え書きが付されていた。谷崎潤一郎は深い感慨をもって、この軸を眺めたという。

多佳にとっても、漱石との思わぬ交流は感慨深く、終生心に刻んでいた。だからこそ、漱石の句を軸に仕立てて大切に持っていた。もしかすると、この句は、漱石が帰京後に御礼として送ったものだったろうか。あるいは、京都滞在中にすでに渡していたものか。

いずれにしろ、この句を書きつけた石碑を、今は、京都の鴨川沿い、御池橋の西の袂(たもと)に見ることができる。

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 

特別展「100年目に出会う 夏目漱石」
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館は、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催する。会期は2016年3月26日(土)~5月22日(日)、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

     
文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

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