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夏目漱石、帰郷する命の恩人のために盛大な送別会を催す【日めくり漱石/4月12日】

『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともにお届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

徳ある者は、威張らずとも人これを敬う(『愚見数則』より)

肝臓会(森成麟造送別会)の記念写真。後列左から2人目が森成医師、ひとりおいて漱石。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

肝臓会(森成麟造送別会)の記念写真。後列左から2人目が森成医師、ひとりおいて漱石。写真/県立神奈川近代文学館所蔵


【1911年4月12日の漱石】

今から105 年前の今日、すなわち明治44年(1911)4月12日、44歳の漱石は東京・早稲田南町の自宅で医師・森成麟造のために送別会を開いた。

伊豆・修善寺で漱石が大量吐血し危うく落命しかけた、いわゆる「修善寺の大患」のとき、主治医として治療に当たったのは、長与胃腸病院の医師の森成麟造だった。その麟造が、今度、生まれ故郷の新潟県高田市に帰ることになり、漱石は感謝の意をこめて送別の会を開いたのである。

この送別会には、「肝臓会」という名前がつけられていた。修善寺へ漱石の病気見舞いに集った人たちが、麟造とともに鶏のレバー(肝臓)を食べて栄養をつけたことが名前の由来だった。

午後3時から始まった肝臓会には、漱石の門下生の松根東洋城、安倍能成、野上豊一郎、小宮豊隆、坂元雪鳥、野村伝四、東新らが集った。5時頃、漱石の要請で小宮豊隆が手配しておいた本郷の写真館のカメラマンがカメラを抱えて出張してきた。

麟造と漱石を中心に、集っていた門下生、漱石の妻の鏡子や子供たちも加わって、庭で記念写真を撮影した。撮影の際に居合わせなかった門下生の森田草平と鈴木三重吉の顔写真は、あとで紙焼きの右上部に焼き込まれた。いま改めてこの写真を見直すと、大きなリボンを頭につけた漱石夫妻の4人の娘たちが愛らしい。

これ以前、漱石は麟造へ、お礼と記念の意味で銀の煙草入れも贈っている。そこには、漱石自作の、

《朝寒も夜寒も人の情かな》

の一句が彫りつけられていた。

また、修善寺での危機を脱したあと、東京の病院に戻って入院中に書いた随筆『思い出す事など』には、こんな一節も読みとることができる。

《四十を越した男、自然に淘汰せられんとした男、さしたる過去を持たぬ男に、忙しい世が、これほどの手間と時間と親切をかけてくれようとは夢にも待ちもうけなかった余は、病に生き還(かえ)ると共に、心に生き還った。余は病に謝した。また余のためにこれほどの手間と時間と親切とを惜しまざる人々に謝した。そうして願わくは善良な人間になりたいと考えた。そうしてこの幸福な考えをわれに打ち壊す者を、永久の敵とすべく心に誓った》

多くの人に支えられて大病をくぐり抜け、人の情けの温かさをしみじみと深く感じている、この頃の漱石先生だった。

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 
特別展「100年目に出会う 夏目漱石」
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館は、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催する。会期は2016年3月26日(土)~5月22日(日)、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

 

文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

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