新着記事

【ビジネスの極意】やりたい仕事とはどのような仕事ですか?|「やりたい仕事」を追い求めて消耗する人たち

【ビジネスの極意】やりたい仕事とはどのような仕事ですか?|「やりたい仕事」を追い求めて消耗する人たち

蒸れを防ぐ秘密機構で夏場も快適な撥水帽子

『あなたへ』

降旗康男監督と高倉健が組んだロードムービー『あなたへ』【面白すぎる日本映画 第31回】

夏の登山・ハイキング人気スポットランキング!

登山・ハイキング人気スポットランキング|「世界自然遺産」から「日本百名山」まで夏に行きたい景勝地10選

高血圧

「高血圧治療ガイドライン」改定であなたも高血圧!?|40代からは塩分量に注意が必要!

畳の香りにつつまれて極上の昼寝ができる快眠寝具セット

スタンダードの「供給源」|ブロードウェイ・ミュージカルとグレイト・アメリカン・ソングブック【ジャズを聴く技術 〜ジャズ「プロ・リスナー」への道11】

ブロードウェイ・ミュージカルの名曲をジャズマンが演奏する理由【ジャズを聴く技術 〜ジャズ「プロ・リスナー」への道11】

食の安全。自分の身を自分で守るためには|『OK食品 NG食品 どちらを食べますか?』

危険な食品添加物から自分の身を守る|『OK食品 NG食品 どちらを食べますか?』

お葬式の費用は半数が100万円から200万円以下

わからないことだらけのお葬式の費用|約5割が「一般葬」で100万円から200万円払っている!

自宅で焼酎パーティを開きたくなる美濃焼の焼酎サーバー

LINE公式アカウントでも記事を配信中

友だち追加

お気軽に友達追加してください

サライ本誌最新号

サライ7月号付録「筋トレチューブ」トレーニング動画公開中!

通販別冊『大人の逸品』最新号はこちら

ピックアップ記事

  1. ファストバックはリアのデザインが特徴的。セダンは伸びやかなデザインでありながら「塊感」があり、走る姿も美しいと想像させるものに仕上がっている。
  2. オリックス・リビング社長、森川悦明氏。「グッドタイム リビング センター南」にて撮影。

>>過去の記事へ

サライの通販

>>過去の記事へ

趣味・教養

夏目漱石、松山の旅館『城戸屋』に宿泊し、心付けに大金を渡す【日めくり漱石/4月9日】

『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともにお届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

人を観るならば、その肺肝(はいかん=奥底)を見よ(『愚見数則』より)

漱石が教師として松山へ赴任したとき宿泊した城戸屋2階の広い座敷。通称「坊っちゃんの間」。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

漱石が教師として松山へ赴任したとき宿泊した城戸屋2階の広い座敷。通称「坊っちゃんの間」。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 

【1895年4月9日の漱石】

青い背広に中折れ帽をかぶった漱石が、愛媛・松山の地を踏んだのは、今から121 年前の今日、すなわち明治28年(1895)4月9日の午後だった。中学校の英語教師として東京から赴任してきたのだった。

到着したのは当時の松山の玄関口だった三津浜港。時に漱石、28歳。東京の新橋停車場を出立してから、まるまる2日かけての長旅だった。

三津浜停車場からは伊予軽便鉄道に乗り、市内中心部の外側(とがわ)停車場へ。そこで人力車を拾った漱石は、

「どこでもいいから宿屋へやってくれ」と頼んだ。

俥屋(くるまや)が案内したのは、松山市三番町(現・二番町)の宿『城戸屋』だった。偶然だが、この城戸屋は、漱石が3年前の夏に松山を訪れた折にも泊まった宿だった。

はじめ漱石が通されたのは、通常ランクの「竹の間」だった。ところが旅装をといた漱石が10銭の茶代(チップ)を弾んだために、10畳間に5畳の次の間のついた部屋へと案内された。

場末の宿なら1泊の宿泊料の相場が20銭という時代だったから、10銭の茶代はそれだけインパクトがあったのだろう。茶代は10銭どころでなく、10円だったという説もある。松山で同僚教師だった弘中又一(ひろなか・またいち)が、漱石から聞いた話として、茶代として渡したのは「手の切れるような10円札」だったと、昭和になって回想している。

いずれにしろ、この茶代をはずんだ逸話は、のちに名作『坊っちゃん』の中に生かされることになる(小説中では茶代は5円)。

翌10日、新聞記事によって、漱石が東京帝国大学出身の文学士であること、月給が80円で、校長の月給60円を上回る破格の高給とりであることを知ると、旅館側はさらに部屋を格上げし、新館一番の部屋に漱石を移らせた。その部屋の宿泊料は一泊50銭であった。

じつは、この旅館では、漱石ならずとも新任の先生にはみなこのやり方で対応していたらしい。当初、試験的に並みの部屋「竹の間」に案内し、翌朝の新聞に掲載される辞令俸給の額を確かめた上で、俸給の低い者は暗くて暑い「紅葉の間」へ、俸給の高い者は飛び切り上等の「一番」の部屋か「柳の間」へ移ってもらうのだ。

客の財布の中身を推し量って扱いを変える。到着早々、ただの「純朴」とはほど遠い、商人のいやらしさをも垣間見てしまっている漱石先生だった。

漱石が、この年11月発行の愛媛県尋常中学校(松山中学)の校友会雑誌『保恵会雑誌』第47号に発表した評論『愚見数則』の中に、「人を観よ。金時計を観るなかれ。洋服を観るなかれ」という訓示の言葉を綴ったのは、こうした体験も背景にあったに違いない。

夏目漱石肖指定画像(神奈川近代文学館)720_141-02a

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 
特別展「100年目に出会う 夏目漱石」
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館では、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催中。会期は2016年5月22日(日)まで、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

 

文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で

PAGE TOP