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趣味・教養

夏目漱石、奇病を患う生後3か月の次男・伸六を大学病院へ連れて行く【日めくり漱石/3月31日】

『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともにお届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

おれは口にだけ論理(ロジック)をもっている男じゃない。口にあるロジックはおれの手にも足にも、からだ全体にもあるんだ(『道草』より)

 

漱石の次男である夏目伸六の著書。『父・夏目漱石』と『父・漱石とその周辺』。

漱石の次男である夏目伸六の著書。『父・夏目漱石』と『父・漱石とその周辺』。


【1909年3月31日の漱石】

今から107 年前の今日、すなわち明治42年(1909)3月31日、数え43歳の漱石は不快な目覚めを味わっていた。

もともと胃の調子がよくなかったところに、昨日の夜、もらいものの秋田蕗(あきたぶき)の砂糖漬けを食べたことの影響か、痛みが出て、安眠することができなかったのである。

漱石の言いつけで、漱石の妻・鏡子が、生後3か月の次男の伸六を連れて東大病院へ出かけた。伸六は、睾丸に水が溜まってはれあがる奇病にかかっていた。小児科の医師の往診を受けたところ、針で穴を開けて管で水を抜くという手術をした方がいいだろうということになり、この日、大学病院へ向かったのだった。

ところが、大学病院での診断の結果、4、5歳になってからでないと手術はできないと言われた。それまではこのまま様子を見ていなければならないとの話を鏡子から伝え聞き、漱石は赤ん坊のわが子のことを可哀相に思うのだった。

午後になって、漱石が趣味にしている謡(うたい/能楽の声楽部分)の師匠、宝生新(ほうしょう・しん)がやって来た。

漱石は『綾鼓(あやつづみ)』を習った。その後、夜になると門下生の安倍能成(あべ・よししげ)が来たので、一緒に『草紙洗小町(そうしあらいこまち)』と『三山(みつやま)』を謡(うた)った。

胃の調子は終日、すぐれなかった。漱石は「これも養生」と思い、食事を制限することにした。昼間は鶏卵と牛乳とパンを少々胃袋に入れ、夜は蕎麦を三口ほど食べただけでやめた。

幸いにも伸六の奇病はほどなく自然治癒して、漱石夫妻を大いに安心させた。人間の自然治癒力というのは、なかなかすごい。「急いで手術しないで、かえってよかった」と胸をなで下ろす漱石先生だった。

ちなみに、この伸六、大人になるとその風貌は自ずと父に似て、作家の獅子文六は、「漱石から美髯(びぜん=ひげ)を取り払ったら、多分、伸六君のような鼻緒のない下駄のような顔になるのではないか」と語っていたという。伸六は出版社(文藝春秋)勤務を経て随筆家となり、数え9歳のときに死別した父(漱石)にまつわる味わい深い話などを書き残した。その1冊、『父・夏目漱石』の文庫版の解説で、漱石の義理の孫で作家の半藤一利(はんどう・かずとし)さんが、面白い逸話を紹介している。

伸六は周囲に文才を認められながら、偉大な父の圧迫ゆえか、なかなか筆をとらなかった。が、ある日の酒席で、こんなふうに話していたというのである。

「(父である)漱石の作品中いちばんの傑作は、何といったって『坊っちゃん』だよ。最高だな。でも、俺だって、あれくらいのものは書けるかもしれんが」

天国の漱石先生は、こんな息子の言葉を微笑とともに受けとめたことだろう。 

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館では、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催中。会期は2016年5月22日(日)まで、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

 

文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。   

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