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『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともにお届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

学校をやめてから、京都へ遊びに行った。野に山に寺に社に、いずれも教場よりは愉快であった(『入社の辞』より)

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古都の情趣が色濃く残る京都の花街・祇園の町並み。漱石もこの町で芸子や舞子とのお座敷を楽しんだ。

 

【1907年3月28日の漱石】

朝日新聞の発祥地は大阪である。創刊は明治12年(1879)1月。東京朝日新聞はそれから9年後の明治21年(1888)7月に、東京の「めさまし新聞」を買収・改題する形で創刊された。これを受けて、大阪本社で発行する朝日新聞が大阪朝日新聞と改題された。

そんな歴史があるから、社主の村山龍平も大阪にいる。数え41歳の漱石が朝日新聞入りを決めた直後、関西旅行を思い立ったのは、社主を含めた大阪朝日新聞の幹部らへ挨拶がてら、まもなく書き出す初の新聞連載小説『虞美人草』の材料の仕込みをしておきたいというのが主な理由だった。同時に区切りの休みを利用して、学生時代からの友人で京都帝国大学に勤務する狩野亨吉(かのう・こうきち)やドイツ語学者の菅虎雄(すが・とらお)と旧交を温めたいとも思っていた。

そんな漱石が東京・新橋から神戸行きの列車に乗り込んだのは、今から109 年前の今日、すなわち明治40年(1907)3月28日の朝だった。現代なら、新幹線を利用して東京駅から2時間半足らずで京都駅に到着することができる。だが、当時は半日を要した。朝8時から列車に揺られ、漱石が京都に到着したのは夜の7時半過ぎ。停車場には、狩野亨吉と菅虎雄が迎えにきてくれていた。3人はこのあと、下鴨神社北側の狩野亨吉の家を拠点に、寺社や行楽地をめぐる10日余りを過ごすことになる。

じつは、漱石の朝日新聞招聘(しょうへい)を社主の村山龍平に最初に勧めたのは、大阪朝日新聞主筆の鳥居素川(とりい・そせん)だったと伝えられている。素川も龍平も、当初、漱石を京都か大阪に定住させることを考えていた。漱石はそんなこととは露知らず、終始一貫、朝日入りしても東京で仕事を続けるつもりでいた。

東京朝日新聞主筆の池辺三山(いけべ・さんざん)が大阪側と折衝して、漱石の知らぬ間に、漱石の関西移住案はなくなっていたのだった。鳥居素川はのちに、漱石宛ての書簡の中に、

《実は大兄(たいけい)を擁し同じ堡塁(ほるい)に拠(よ)り天下を引受(ひきうけ)勇戦仕度(つかまつりたく)存居(ぞんじおり)候も一躓再躓…》

と、漱石の関西招聘に躓(つまず)いたことを、いささか残念そうに綴っている。

しかし、東京を離れて、松山、熊本、ロンドンに暮らし、「やはり自分は東京がいい」と再認識していた漱石先生。関西移住が条件なら、朝日新聞社入りは実現していなかったのではないか。半面、漱石が京阪で何年か過ごしていたら、谷崎潤一郎がそうだったように、ちょっと趣の異なる文学作品が誕生していたかもしれない。そんな想像もしてみたくなる。なにせ、松山暮らしから『坊っちゃん』を、熊本暮らしから『草枕』を生み出している漱石先生なのだから。

なお、この時の京都滞在中、俳人で小説家の高浜虚子も、たまたま所要あって京都を訪れ、漱石と行動を共にする春雨の一日があった。虚子は、かつては京都第三高等学校に在籍し、少し前に書いた小説『風流懺法(ふうりゅうせんぽう)』には、茶屋一力での舞子の舞を描き込んだばかり。菅虎雄や狩野亨吉の案内とは異なる色艶のある京都の情趣を伝えるべく、漱石を連れて平八茶屋での昼食から都踊り見物、さらに一力の座敷に上がって芸子や舞子と遊ぶ一夕へといざなったという。

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館は、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催中。会期は2016年5月22日(日)まで、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

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横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

 

 文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。  

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