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『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともに毎日お届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

一度思い立ったことを中途でやめるのは、なんとなく残り惜しい(『吾輩は猫である』より)

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早稲田大学のシンボル大隈講堂。創立者の大隈重信を記念して昭和2年に竣工した。地上3階地下1階の建物に、7階建ての時計塔が付随する。


【1897年3月23日の漱石】

今から119 年前の今日、すなわち明治30年(1897)3月23日、数え31歳の漱石は熊本の郵便局から2円の郵便為替を送ろうとしていた。

漱石の親友・正岡子規の母方の従弟に藤野古白(ふじの・こはく)という人物がいた。漱石や子規より4歳年下。早稲田大学の前身である東京専門学校に入学し、文学の道を志していた。漱石も一時、同校の教壇に立ったので、藤野古白は漱石の教え子でもあった。

古白は神経過敏なところがあって学友と衝突し、後見人のような立場にいる子規を悩ませることもあった。その一方、俳句では破天荒の新風を示し、子規やその周辺を刺激した。ところが明治28年(1895)4月、25歳でピストルで自害してしまう。子規が日清戦争の従軍記者として中国大陸へ赴くため、東京を離れた直後のことだった。

それから2年。子規は古白の死を悼み、彼の遺稿集を発行することを思い立った。その話を聞いた漱石は、発行資金に役立ててもらえればと思い、当時の勤務地であった熊本から2円の郵便為替を子規に送った。漱石は故人を偲ぶこんな一句も詠んでいる。

《思ひ出すは古白と申す春の人》

古白の遺稿集発行から4年後の明治34年(1901)の11月、子規は英国留学中の漱石に宛てた手紙の中にも古白の名前を登場させている。その手紙に子規は次のように書いた。

《実ハ僕ハ生キテイルノガ苦シイノダ。僕ノ日記ニハ「古白曰(く)来(たれ)」ノ四字ガ特書シテアル処ガアル。書キタイ事ハ多イガ苦シイカラ許シテクレ玉エ》

手紙を書くのもままならない子規、その病状は日増しに重く、苦しさのあまり、自ら命を絶つという衝動に駆られる時もある。「古白、曰(いわ)く、来たれ」というのは、あの世の古白が呼んでいるという意味に他ならない。そしてこれが、子規から漱石への最後の手紙となったのであった。

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

特別展「100年目に出会う 夏目漱石」
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館は、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催する。会期は2016年3月26日(土)~5月22日(日)、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

  
文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。 

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