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夏目漱石、上野の展覧会で洋画家・青木繁の作品に心震わせる【日めくり漱石/3月17日】

『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともに毎日お届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

名前によって画(え)を論ずるのそしりを犯さず(『思い出す事など』より)

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東京・台東区の上野公園内、竹の台噴水。往時も今も周辺には美術館や博物館、音楽ホールなどがあり、ひととき芸術鑑賞にひたることができる。


【1912年3月17日の漱石】

今から104 年前の今日、すなわち明治45年(1912)3月17日は、小雨の降る日曜日だった。数え46歳の漱石は、午後になって門下生の小宮豊隆とともに上野竹の台へと出かけた。竹之台陳列館で催されている美術新報主催の展覧会を観るためだった。そこには友人の画家・津田青楓(1880~1978)が何点かの作品を出品しているはずだった。

途中、漱石と小宮は、物理学者で漱石の弟子のひとり寺田寅彦の家へ立ち寄った。昨日、寅彦と話をしたとき、寅彦は「雨が降っていたら、一緒に行きたい」と言っていた。深川の水産講習所で実験の予定があり、雨降りならば、これが中止になる見込みだったのだ。たぶん在宅していると思って立ち寄ったのだが、あいにく寅彦はすでに出かけていて留守だった。小雨模様という微妙な天候のため、ともかくも実験予定のある深川へ向かったらしかった。

上野の展覧会場に着いた漱石は、青楓の画をじっくりと観ながら、「これならば」と思う数点を心の中にメモした。もっとも気に入った『セーブル』と題した画が非売品となっていたので、あとで本人に直接手紙を書いて、購入の問い合わせをしてみようと思った。

会場では、この前年の3月、わずか29年に満たぬ短い生涯を閉じた画家・青木繁(1882~1911)の遺作展も同時開催されていた。青木繁は明治期の洋画家で、代表作『海の幸』(国指定の重要文化財)をはじめ日本美術史に残る数々の名作を残している。

漱石にとっては、久しぶりに観る青木繁の絵だった。これより5年前の明治40年(1907)、漱石は東京府勧業博覧会で青木の絵を観て感銘を受けた。小説『それから』の中の一場にも、その感銘は生かされていた。

《いつかの展覧会に青木という人が海の底に立っている背の高い女を描いた。代助は多くの出品のうちで、あれだけが好(い)い気持に出来ていると思った。つまり自分もああいう沈んだ落ち付いた情調に居(お)りたかったからである》(『それから』)

5年ぶりの青木作品との再会。展示室の中央に立つと、作品から霊妙な空気が伝わってくる。とくに、日本最古の歴史書『古事記』の海幸彦・山幸彦を主題にして海底の女と男を描いた、縦180 センチ、横68・3センチの大きな油彩画『わだつみのいろこの宮』は、素直に仰ぎ見たいと思わせる品位に満ちていた。漱石の胸に、「この人は天才だ。惜しい人を亡くした」という感慨が、改めてこみ上げていた。

こうした感慨を抱かせる絵画に、漱石はその後もなかなか出会うことはなかった。世の中で大家いわれる人たちの作品で、同じような主題のものを鑑賞する機会も何度かあったが、漱石はそれを仰ぎ見るような気持ちにはなれなかった。「青木繁の技量はまだ未成熟で画を仕上げるまでの力がない」という批評を、漱石に言い聞かせる人もあったが、そうした評価を超越して漱石の胸に迫ってくるものが青木の作品にはあった。

「してみると、手腕以外にも画について言うべきことは、たくさんあるのだろう」

漱石は、そんなふうに思うのだった。

上野から帰宅した漱石が、青楓に手紙を書いて投函してほどなく、寅彦からの手紙が届いた。同道はかなわなかったものの、寅彦も遅れて展覧会を観にいき、青楓の絵に感心した、というのであった。この頃、東京中心部の郵便物は、1日12回ほども集配されていたという。他に、一筆したため、誰か使いの者に持たせて直接届けてもらうやり方も、日常的に行なわれていた。まだ電話が各戸へ行き渡らない中で、近場の手紙のやりとりは、当日の用件伝達のためにも大いに活用されていたのである。

夏目漱石肖指定画像(神奈川近代文学館)720_141-02a

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館は、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催する。会期は2016年3月26日(土)~5月22日(日)、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

 

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