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『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともに毎日お届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

群衆は眼中に置かない方が身体(からだ)の薬です(『書簡』大正5年2月19日より)

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東京朝日新聞で漱石の同僚だった杉村楚人冠。関東大震災後、千葉県我孫子に移住した。その旧宅が現在は杉村楚人冠記念館となっている。写真/我孫子市杉村楚人冠記念館提供


【1910年3月11日の漱石】

今から106 年前の今日、すなわち明治43年(1910)3月11日、漱石のもとに1冊の雑誌が届いた。門弟の野上豊一郎(のがみ・とよいちろう)らが発刊した『新文芸』だった。

漱石はふと、豊一郎との間で先に話題に上った『国民新聞』の記事のことを思い出した。その記事には、随筆家の杉村楚人冠(すぎむら・そじんかん)と漱石との間に確執があるかのようなことが書かれていた。

楚人冠は東京朝日新聞の同僚であり、確執どころか、月2回の編集会議で顔を合わせると、近くの交詢社倶楽部などでよく昼食をともにしていた。誤解のもとは、どうやら、漱石の主宰する朝日文芸欄で、漱石の弟子のひとり森田草平が楚人冠の文章に批判めいたことを書き、一方で楚人冠がこれに反駁(はんばく)する記事を朝日新聞の「新聞界」欄に載せたことにあるようだった。

このことに関連して、漱石は、草平にやんわりと注意を与え、楚人冠へも「どうせ反駁するなら文芸欄の中でやってくれればいい」と話していたところだった。

漱石は、『国民新聞』の定期の寄稿者でもある野上豊一郎に手紙を書くことにした。楚人冠と自分の実際の交際ぶりを伝え、何かの機会に報じてもらおうと思ったのである。

ただし、漱石は、さほど気に病んでいるわけではない。手紙には、《こんな事は始終(しじゅう)あるから別に気にもならないから、君の方の都合がよかったら材料として使ってもらおう位の所に過ぎない》と付記した。

世間からあることないこと言われても、知らぬ顔して聞き流している、この頃の漱石先生なのだった。

「そうじゃなきゃ、こっちの身がもたん」

そんな漱石先生のつぶやき声も聞こえてきそうだ。

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館は、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催する。会期は2016年3月26日(土)~5月22日(日)、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

 
文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

 

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