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『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともに毎日お届けします。

■今日の漱石「心の言葉」

文士保護は独立しがたき文士の言うことである。保護とは貴族的時代にいうべき言葉で、個人平等の世にこれを云々(うんぬん)するのは恥辱の極みである(『野分』より)

「夏目」の印のある『文学評論』の奥付ページ。漱石自身が印を押している姿を想像すると、感慨深いものがある。写真/神奈川近代文学館所蔵

「夏目」の朱印のある『文学評論』の奥付ページ。漱石自身が印を押している姿を想像すると、感慨深いものがある。写真/県立神奈川近代文学館所蔵


【1909年3月10日の漱石】

今から107 年前の今日、すなわち明治42年(1909)の3月10日は、終日、冷たい雨が降り続いていた。春寒の一日だった。その雨の中を冒して、出版社春陽堂の社員が東京・早稲田南町の漱石山房(漱石の自宅)を訪れた。漱石はこの訪客を迎えて、自身の検印を押した『文学評論』の奥付、1000枚を渡した。奥付とは、本の巻末にある書名、著者名、出版元、発行日などを記した部分で、本の出生証明書のようなものである。

この頃、公刊する本の奥付には、1冊1冊、著者の検印が必要とされていた。別刷りにした奥付に著者が検印を押捺し、それを本の巻末に貼り付ける場合と、本の巻末に奥付を印刷しておいて、検印を押した小さな紙片を所定の場所に貼り付けるやり方と、ふた通りがあった。

それをもとに発行部数を互いに確認し、出版社が著者に払う印税の金額を割り出すという出版契約にもつながる手続きだった。ちなみに漱石先生は、それまで未成熟な出版界で、ともるすとおざなりにされていた著作者の権利を確立していくために、重要な役割を担ったといわれる。『金色夜叉』で知られる文豪・尾崎紅葉は、明治36年(1903)に没しているが、単行本出版は発行部数や重版とは関係ない買い切りで、印税契約という仕組みとは生涯無縁で終わったらしい。

初版1割5分、第2版からは2割、さらに6版以降(のちには4版以降)は3割、というのが、漱石の「印税覚え帳」に記録される印税の割合である。現今は10パーセントが通り相場だから、漱石先生、なかなかの押し出しだ。欧米の契約社会に範をとりながら、文士たちの生活や地位の向上に少しでも貢献したいという思いを、胸の奥には抱いていたのだろう。それは健全なる言論界の育成にもつながり、近代日本の発展にも資するものと言えた。

漱石と同時代の評論家、斎藤緑雨(1868~1904)が、こんな言葉を残している。

「筆は一本、箸は二本。衆寡(しゅうか)敵(てき)せず」

筆は1本だが、食べていくためには2本の箸を使う。その数の差からしても、文筆のみで生計を立てていくことは難しいというわけだ。

そんな洒落っ気まじりの嘆息や、その裏の気概には一目置く。だが、それを後進の文士たちに強いていくのでなく、少しずつでも地盤作りをしなければならない。漱石は、そう考えていただろう。

検印は、著者や家族らが1枚1枚手作業で押捺した。検印が省略されるようになったのは、昭和も半ば以降のことである。この日、漱石が春陽堂の社員に手渡した奥付も、漱石や鏡子、何人かの娘が交替で検印を押したものだったろう。あるいは、あそびにきた門弟の誰かが手伝う場面もあっただろうか。漱石山房のそんなひとこまを想像すると、ちょっとほほえましい。

『文学評論』は、東大における漱石の「十八世紀英文学」の講義を基礎として、加筆修正してまとめられたもの。講義録の下書きは、受講生でもあった森田草平と滝田樗陰が手伝ったという。発行日はこの6日後の3月16日。その後、増刷を繰り返し総発行部数は2000部に達したという。

同じ年に春陽堂から刊行された漱石の小説『三四郎』の初刊本の発行部数が4600部だったと推定されているから、2000部というのは当時の学問書としてはちょっとしたベストセラーだったといえるのかもしれない。

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館は、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催する。会期は2016年3月26日(土)~5月22日(日)、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

 文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』『漱石「こころ」の言葉』『文士の逸品』『石橋を叩いて豹変せよ』など。

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