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『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともに毎日お届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画ができる(『草枕』より)

リサイズ漱石邸内部

博物館明治村に移築し保存されている森鴎外・夏目漱石旧宅。漱石はこの家に、明治36年3月から明治39年の12月まで、約3年半住んだ。写真/博物館明治村提供


【1903年3月3日の漱石】

今から113 年前の今日、すなわち明治36年(1903)3月3日、数え37歳の漱石は、妻の鏡子とふたりの娘とともに引っ越しをした。英国留学から帰国しておよそ1か月。留学中、鏡子たちが身を寄せ、帰国後もそのまま一家で仮住まいしていた東京・矢来の鏡子の実家をあとに、千駄木にある一軒の借家に転居したのである。

この家は、偶然ながら、学生時代の漱石の友人で歴史学者の斎藤阿具(さいとう・あぐ)の持ち家だった。もともとは中島利吉という実業家が、医大生の息子・襄吉のため、卒業後そこで開業させるつもりで建てた家だった。だが、襄吉は勤め先の病院の関係でこの家に住むことなく、そのまま貸家に出されていた。それを、明治27年(1894)の晩秋に、斎藤阿具の父親が阿具のために購入したのである。

斎藤阿具自身は少し前から東京を離れていたうえに、漱石と入れ違いのようにドイツへ留学していた。そのため、空き家となって貸家の札が出ていたのを、たまたま通りかかった漱石が見つけ、借り受けたのだった。

間に人が入っているから、直接にやりとりはない。しばらく時間が経ってから、お互いが、「なんだ、夏目が借りたのか」「なんだ、斎藤の家だったのか」といった具合に事実を知ったのだった。

少し時を逆上ると、この家は森鴎外が明治23年(1890)9月から1年半余りを暮らした家でもあった。建てられてまもない頃、最初の妻と離婚した鴎外が、中島家から借りて、ふたりの弟とともにこの家に住んだのである。

漱石はそのことを、最後まで知ることがなかった。一方の鴎外は、自己年譜の覚え書きのためにつくった「自紀材料」明治23年の項目に、朱筆で《この歳、本郷区駒込千駄木五十七番地に就居(しゅうきょ)す。この家、後(のち)夏目金之助の宅となる》と記している。

漱石はここで、隣接する郁文館中学の生徒の悪戯に悩まされながらも、『吾輩は猫である』を書いた。そのため、のちに周囲から「猫の家」とも呼び習わされるようになった。漱石の孫で随筆家の半藤末利子さんによれば、末利子さんの母親の筆子(漱石の長女)は、「この家は家相がとてもよかった」と語っていたという。巽の方角(東南)が張り出し、そこに主人の書斎を設けたことで、作家としてよいスタートが切れたというのである。

この家は、その後、建築史的にも文壇史的にも貴重な文化財として、愛知県犬山市の「博物館明治村」に移築・保存され一般見学ができるようになっている。一方、千駄木の居宅跡には、川端康成の揮毫による顕彰碑が建ち、わずかに往時を偲ばせる。

ちなみに漱石は、このあと2度の引っ越しをするが、終生、借家暮らしだった。

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館は、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催する。会期は2016年3月26日(土)~5月22日(日)、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

 文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』『漱石「こころ」の言葉』『文士の逸品』『石橋を叩いて豹変せよ』など。

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