『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともに毎日お届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

ただ面白からぬ世の中に、ときどき面白きことのある世界と思っていた方がよい(『書簡』明治35年4月17日より)

腰差し煙草入れ。散歩や旅行に出かける折には、漱石はこれを持参したに違いない。写真/神奈川近代文学館蔵

腰差し煙草入れ。散歩や旅行に出かける折には、漱石はこれを持参したに違いない。写真/県立神奈川近代文学館所蔵


【1911年2月27日の漱石】

今から105年前の今日、すなわち明治44年(1911)2月27日、漱石は自宅で能楽評論家の坂元雪鳥(さかもと・せっちょう)を迎えていた。漱石は前日、長く入院した長与胃腸病院を退院したばかりだった。雪鳥はあらかじめ漱石からの手紙で退院予定日を知らされていたため、逗子から上京し見舞いかたがた訪問したのだった。

雪鳥は白仁三郎と名乗っていた大学生の頃に、朝日新聞の使者として漱石の入社の橋渡し役をした人(詳しい記事はこちら)。その後、自身も朝日入りし、主として能楽評論を担当していた。

漱石は雪鳥と一緒に、謡曲「蝉丸」をうたった(謡曲とは能楽の声楽部分のこと)。病院長から許可をもらって、個室の病室でも再開していたのだが、やはり自宅で思う存分に声を出せるということに、せいせいした気分を味わっていた。

そもそも漱石が謡曲を始めたのは、まだ熊本にいた数え31歳の頃。勤務先の第五高等学校で工学部長をつとめていた桜井房記が指南役。桜井は金沢出身で、加賀宝生流の謡曲の名人だった。その後、英国留学もあり遠ざかっていたのだが、42歳の元旦に、何かの話の行きがかりから門弟たちの前で披露する羽目になった。

ところが、高浜虚子の鼓に合わせて実際に試みると、久しぶりということもあって出来がよくない。門弟たちからも、さんざん悪評を浴びてしまった。負けず嫌いの漱石にはこれがかえって発奮材料となり、本格的に謡曲の稽古に励むようになった。そして、いまや手離せぬ趣味となり今日に至っているのだった。

昼食後、午後3時頃になって、雪鳥はあとから合流していた門弟の森田草平とともに漱石邸を辞去することにした。漱石も散歩したいからといって、新宿の矢来下まで3人で連れ立って歩いていった。

退院後、はじめての散歩。ひとりではまだ心もとない気もしないではなく、ふたりの門弟は恰好の道連れであった。

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館は、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催する。会期は2016年3月26日(土)~5月22日(日)、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

 文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』『漱石「こころ」の言葉』『文士の逸品』『石橋を叩いて豹変せよ』など。

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