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『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともに毎日お届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

感化は微細な程度において、常人が接触するとき始終起こっている。感化というと特別の意味があるようだが、実際は双方の呼吸が合うことである(『断片』明治39年より)

「食牛会」の開催を知らせるため漱石が書いた、野間真綱あての葉書。勢いのいい筆致からも、会の楽しさが伝わってくるようだ。写真/神奈川近代文学館蔵

「食牛会」の開催を知らせるため漱石が書いた、野間真綱あての葉書。勢いのいい筆致からも、会の楽しさが伝わってくるようだ。写真/県立神奈川近代文学館所蔵


【1905年2月25日の漱石】

今から110年前の今日、すなわち明治38年(1905)2月25日の夕方、数え39歳の漱石は東京・千駄木の自邸で、俳人の高浜虚子と歓談していた。そこへ門弟のひとり、寺田寅彦が蓬莱町で買った手土産のビールを3本さげてやってきた。続いて、野間真綱、皆川正喜、坂元四方太がやってくる。遅れて、野村伝四も姿を現した。

漱石の発案で、この日は友人や門弟とともに「食牛会」が催されるのだった。この2日前の23日夜、漱石は各人に宛ててこんな葉書を出していた。

《明後二十五日土曜日、食牛会を催おす。鍋一つ、食うもの曰(いわ)く奇瓢、曰く伝四、曰く真折、曰く虚子、曰く四方太、曰く寅彦、曰く漱石。午後五時半までに御来会希望致候》

文中にある奇瓢は野間真綱の号、真折は皆川正喜の号である。同様の文句のあとに、《牛の外(ほか)に何の食ふものなし》と書き加えた葉書もあった。

ひとつ鍋を囲んで牛肉をつつきながら、寅彦持参のビールで喉をうるおす。牛肉は、『吾輩は猫である』の中にも登場する一高前の西川牛肉店から買い求めたものであったろうか。楽しい集まりで、話も大いに弾む。

宴会では、自作の作品を朗読する場面もあった。四方太が『稲毛』と題する小品を、虚子が『石棺』と題する写生文を読んだ。漱石の親友だった俳人・正岡子規の生前、子規庵で行なわれていた文章会「山会」は、子規没後も引き継がれている。その趣向が、同好の士の集いに自然と顔を出すのであった。

高浜虚子はさらに、少しばかり松山なまりの漂う独特の声音で、漱石の『幻影の盾』も朗読した。会がお開きになったのは、夜も11時を過ぎてからだった。

漱石は、そもそも、牛鍋(今のスキヤキの元祖のようなもの)が好物だったようだ。しかも、傍らにいる女房が、料理があまり得意でなく、「味はどうでも、満腹になればよかろう」くらいの大雑把な鏡子だから、こんな逸話も生まれた。

ある日の漱石の夕食に、鏡子が牛鍋を用意した。漱石はこれを食べて思わず舌鼓を打ち、「うまい」のひと声をもらした。これを耳にした鏡子、ならばと、翌日も献立は牛鍋にした。その翌日も、またその翌日も、牛鍋が出てくる。漱石は驚きつつも、胸の中で呟く。

「こいつ、一体いつまで続けるつもりだ。よおし、こうなったらこっちも意地だ。いつまで続くか見届けてやる」

漱石は、素知らぬ顔で、牛鍋を食べ続ける。そんな漱石の胸の内を知ってか知らずか、鏡子の牛鍋攻めは、10日を過ぎてもやむ気配はなく、11、12、13・・・。とうとう20日ほども続いたという。

はたから見れば、滑稽なほどの意地の張り合い、まるで夫婦漫才のようにも映る。漱石先生と鏡子夫人、なかなかの迷コンビ(?)なのである。

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館は、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催する。会期は2016年3月26日(土)~5月22日(日)、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

 
文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』『漱石「こころ」の言葉』『文士の逸品』『石橋を叩いて豹変せよ』など。

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