『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともに毎日お届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

隣り近所の賞賛を求めず(『書簡』明治39年10月21日より)

夏目漱石肖指定画像(神奈川近代文学館)720_141-02a

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵


【1911年2月22日の漱石】

今から105年前の今日、すなわち明治44年(1911)2月22日、午後4時10分、数え45歳の漱石は、入院中の長与胃腸病院で、オブラートに包んだ薬を飲もうとしていた。そこに門下生の行徳二郎がやってきた。

二郎は「昨夕、文部省から届いたので、とにかく持って参りました」
そう言って、古新聞に巻いた1通の証書を差し出した。漱石はそれをいったん広げ目を通した。文部省(現・文部科学省)による文学博士の学位記の証書だった。漱石は言った。

「じつは昨日、文部省へ断りの手紙を出したんだよ」

漱石の留守宅へ、文部省から突然、博士号授与の通知が届いたのは2日前であった。夏目家にはまだ電話が引かれていなかったので、妻の鏡子は近所の家で電話を借り、入院中の漱石に急ぎ連絡をした。漱石は早速、病院から文部省へ辞退申し入れの手紙を出したのだが、それと入れ違いに、自宅へ証書が届けられていたのだった。

漱石の博士号辞退の手紙の一節は、こんなものだった。

《小生は今日まで、ただの夏目なにがしとして世を渡って参りましたし、これから先も、やはりただの夏目なにがしで暮したい希望を持っております。従って私は博士の学位を頂きたくないのであります》

へそ曲がりのようにも映るが、別に気張っているのではない。既成の権威によりかからず、個を貫く気概を大切にしたい漱石なのだ。漱石はいつに変わらぬ静かな調子で、二郎に文部省への証書の返却を頼んだ。

漱石は、じつは若い頃から「博士になどならない」と思い定めていた。英国留学中、鏡子夫人の妹が何の気なしに「博士になって早くお帰りなさい」と手紙に書いて寄越したのに反発し、鏡子宛ての手紙に《博士になるとはだれが申した》《博士なんかをありがたがる様ではだめだ》などと書いたこともあった。

さらに、こんな後日談もある。

この辞退騒動から4年余りが経過した大正4年(1915)4月、漱石の知人で教育界の先達である杉浦重剛(天台道士と号す)の還暦祝賀会が開かれることになった。それに先立ち、前年の秋、その発起人に名前を連ねてもらえるよう、準備を進める祝賀会事務所から漱石のもとに依頼があった。漱石はこれを快く引き受けたが、ほどなく送られてきた印刷物の趣意書を見ると、発起人氏名の欄に「文学博士 夏目金之助」とある。

漱石はこれを放置しておくことができず、「文学博士」の4文字を削除するよう願い出た。申し出を受けた祝賀会事務所でも、誤って勝手に「文学博士」と入れてしまった責任があるだけに、すぐにこれに対応した。まずは訂正の葉書を印刷し、すでに趣意書を送ってしまった関係者200 人に送付。一方で、残りの1万枚の趣意書は、「文学博士」の4字を墨で塗りつぶしてから配布することにしたのである。

漱石も、この迅速な処理に応えた。次のような手紙とともに、祝賀会事務所に寄付金を送付した。

《天台道士祝賀会寄附金五円御送附(ごそうふ)候間(そろあいだ)、御落掌(ごらくしょう)相成(あいなり)たく、規定は壱円に候(そうら)えども過日小生の姓名御訂正のみぎり葉書二百枚と右印刷代とを御支出(ごししゅつ)相成候故(ゆえ)、壱円にては差引不足にて寄附にも何にも相成らず候故、例外として五円差出候次第に御座(ござ)候》(大正3年12月11日付)

すなわち、訂正の葉書の印刷代と郵送代をもらってもらうため、4円増額して寄付金を納めたというわけ。漱石先生の「博士号辞退」は、ここまで筋金入りだったのである。

【特別展「100年目に出会う 夏目漱石」開催要項】
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館は、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催する。会期は2016年3月26日(土)~5月22日(日)、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』『漱石「こころ」の言葉』『文士の逸品』『石橋を叩いて豹変せよ』など。

ランキング

人気のキーワード

新着記事

ピックアップ

サライプレミアム倶楽部

最新記事のお知らせ、イベント、読者企画、豪華プレゼントなどへの応募情報をお届けします。

公式SNS

サライ公式SNSで最新情報を配信中!

  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE

サライ最新号
2021年
6月号

サライ最新号

大人の逸品Online Store

通販別冊
通販別冊

心に響き長く愛せるモノだけを厳選した通販メディア

おすすめのサイト
dime
be-pal
スーツウーマン
mensbeauty
petomorrow
リアルキッチン&インテリア
大人の逸品
おすすめのサイト
dime
be-pal
スーツウーマン
mensbeauty
petomorrow
リアルキッチン&インテリア
大人の逸品