サライ.jp

『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともに毎日お届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

拘泥(こうでい)は苦痛である。避けなければならぬ。苦痛そのものは避けがたい世であろう。しかし、拘泥の苦痛は一日で済む苦痛を五日に延長する苦痛である(『野分』より)

新聞連載のあと、『門』は明治44年1月に単行本化された。そのタイトルが森田草平と小宮豊隆によってつけられたことは、当時の読者は知る由もなかった。写真/神奈川近代文学館蔵

新聞連載のあと、明治44年1月に単行本化された漱石の長編小説『門』。そのタイトルが弟子の森田草平と小宮豊隆によってつけられたことは、当時の読者は知る由もなかった。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 

【1910年2月21日の漱石】

締切りが迫っていた。小説の題名を決める締切りであった。新たな連載小説の掲載を始めるに当たり、新聞社の方では何日か前に予告を出す。そのとき、まず最低限、作者名と題名が必要になる。その肝心の題名が、記事掲載前日の朝になっても決まっていなかったのである。今から106年前の今日、すなわち明治43年(1910)2月21日のことだった。

当たり前過ぎることだが、漱石は小説の中身の構想についても練る必要があった。前作の『それから』を受けて発展させるという方向性は固まっていたものの、実際の物語に落とし込むことに今、漱石の頭脳はフル回転している。

漱石は、門弟の森田草平に、この題名決めを一任することにした。この頃の草平は、漱石の責任のもと、朝日文芸欄の編集実務担当として、漱石と東京朝日新聞社との間を頻繁に行き来していた。

門弟に題名付けを頼むことで生まれる外側からの刺激もうまく取り入れて、自分の小説を展開していこうという意図も漱石の中にはあったのかもしれない。戸惑ったのは、大任をまかされた森田草平の方だった。一度は自宅へ帰ってじっくり思案してみようかとも考えた。が、ひとりでは決めかねて、同じ漱石の弟子である小宮豊隆の下宿を訪ねた。豊隆もすぐに妙案が浮かばない。首をひねりながら傍らを見ると、ドイツの哲学者・ニーチェの著作『ツァラツストラ』が目に入った。

「そうだ!」と、何事かを思いついた小宮豊隆は、その本をぱっと開いた。そのページの活字を、すうっと指でなぞるようにしていくと、「門」という語に行き当たった。

「どうだい、『門』というのは」(小宮豊隆)
「それなら抽象的だし、どんな内容でも盛ることができるな」(森田草平)

ふたりの意見は一致した。こうして、翌日の東京朝日新聞には、『門』という題名が予告として掲載されたのである。

漱石が、弟子たちが決めた題名をもうまく取り込みながら物語を紡ぎ上げていったのは、読者諸兄姉もすでにご承知の通りである。

夏目漱石肖指定画像(神奈川近代文学館)720_141-02a

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館は、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催する。会期は2016年3月26日(土)~5月22日(日)、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

 文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』『漱石「こころ」の言葉』『文士の逸品』『石橋を叩いて豹変せよ』など。

ランキング

人気のキーワード

新着記事

ピックアップ

サライプレミアム倶楽部

最新記事のお知らせ、イベント、読者企画、豪華プレゼントなどへの応募情報をお届けします。

公式SNS

サライ公式SNSで最新情報を配信中!

  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE

サライ最新号
2021年
2月号

サライ最新号

大人の逸品Online Store

通販別冊
通販別冊

心に響き長く愛せるモノだけを厳選した通販メディア

おすすめのサイト
dime
be-pal
スーツウーマン
mensbeauty
petomorrow
リアルキッチン&インテリア
大人の逸品
おすすめのサイト
dime
be-pal
スーツウーマン
mensbeauty
petomorrow
リアルキッチン&インテリア
大人の逸品