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夏目漱石、リウマチ治療で湯河原からの帰途、鎌倉に病の禅僧を見舞う【日めくり漱石/2月16日】

『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともに毎日お届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

ひとりで行くところまで行って、行きついたところで倒れるのである(『書簡』明治39年10月23日より)

冬の鎌倉73e022c35e9f54393f5bc4d2867e61af_s

29歳の時に悩みと焦りから円覚寺に参禅修行するなど漱石にとって縁の深い古都・鎌倉の冬の風景。


【1916年2月16日の漱石】

今から100年前の今日、すなわち大正5年(1916)2月16日、数え50歳の漱石の姿は鎌倉にあった。リウマチ療養のため湯河原温泉に向かって2週間余りを過ごしたあと、2日前から鎌倉にきていた。湯河原で合流した旧友で実業家の中村是公(なかむら・よしこと)に誘われ、是公の別荘に泊まっていたのだった。

この日、漱石は帰宅することにした。途中、禅僧の釈宗演(しゃく・そうえん)を見舞っていきたいと思った。宗演は、若かりし頃の漱石の円覚寺参禅を手引きしてくれた人。円覚寺と建長寺の管長を退いてのち、東慶寺の一隅に引っ込んでいたが、近ごろ重い病に伏せっているという話を伝え聞いたのである。

漱石は東慶寺に足を運んだ。だが、宗演は人と会って話ができる状態ではなく、面会を果たすことができなかった。取り次ぎに出た敬俊という僧に見舞いの挨拶だけを伝え、漱石は東慶寺の門を出た。

鎌倉を離れ、早稲田南町の自宅に帰り着いたのは、その日の夜のことだった。療養の甲斐あって、左の肩と腕の痛みはほとんどなくなっていた。ただ、少しだけ痺れるような感じが残っていた。

漱石は、若い頃は肩や体が凝ったこともなかった。そういう体質だったのだろう。マッサージなどしてもらうと、かえってくすぐったくて仕方がなかったものだった。それが、肩と腕の痛みで温泉地で療養するとは、これも寄る年波によるものか…。
この100年、医学の進歩や生活環境の改善が進んで、平均寿命は著しく伸びている。当時の50歳は、現今なら70歳くらいの感覚だろうか。

自宅には、漱石の留守中に送られてきていた郵便物がたまっていた。しかし、詳しく検(あらた)めるのは明日にして、漱石は床に就いた。 

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館は、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催する。会期は2016年3月26日(土)~5月22日(日)、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

 文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』『漱石「こころ」の言葉』『文士の逸品』『石橋を叩いて豹変せよ』など。

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