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夏目漱石、ユーモア混じりの講演で喝采を浴びる。【日めくり漱石/2月15日】

『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともに毎日お届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

持って生まれた心の作用を、不都合なところだけ黒く塗って消すことはできない。人間の心は原稿紙とは違う(『虞美人草』より)

「漱石山房」の銘入り原稿用紙の紙型。「漱石山房」の篆書を左右から竜頭が挟むデザインは、橋口五葉の手になる。当時の朝日新聞の小説欄の組版に合わせ19字詰めになっている。写真/神奈川近代文学館蔵

「漱石山房」の銘入り原稿用紙の紙型。「漱石山房」と彫られた篆書(てんしょ)を左右から竜の頭が挟むデザインは、版画家・橋口五葉によるもの。当時の朝日新聞の小説欄の組版に合わせ19字詰めになっている。写真/県立神奈川近代文学館所蔵


【1908年2月15日の漱石】

今から108年前の今日、すなわち明治41年(1908)2月15日、東京・神田の東京基督教青年会館で、東京朝日新聞社主催の第1回朝日講演会が開催された。漱石は午後1時40分頃、1階の大広間で講演を始めた。定員900人の会場には、定刻前から満員の聴衆がつめかけていた。

「演題は『創作家の態度』というのであります。態度というのは心の持ち方、物の観方位に解釈しておいて下さればよろしい。この、心の持ち方、物の観方で十人、十色さまざまの世界が出来、またさまざまの世界観が成り立つのは申すまでもない」

そういう言葉で始まった漱石の講演は、1時間40分ほど続いた。のちに、この講演内容を、19字詰め10行の「漱石山房」特製の原稿用紙にまとめ直すと307枚もの分量となった。

聴衆の中には、建築科・辰野金吾の長男で一高に在学する辰野隆(のちのフランス文学者)や、『国民新聞』を創刊したジャーナリストの徳富蘇峰(とくとみ・そほう)、門下生の小宮豊隆らも入り交じっていた。酒屋の番頭が店で利き酒をするのと、家で晩酌するのとではどこが同じでどこが違うのかなど、身近でユーモアに富んだ例え話を随所に配した講演に、会場は大いに笑い、大いに得心したのだった。

話に夢中になりすぎたのか、漱石は演壇の端まで出てきて、靴が半分、壇上からはみだし、見ている方が転落しやしないかとヒヤヒヤするほどだった。

漱石は講演の中で、画家の梅原龍三郎や安井曽太郎の師匠でもある画家の浅井忠(あさい・ちゅう)とロンドンを散歩した時のことを回想し、こんなことも言った。

「私が先年ロンドンにおった時、この間亡くなられた浅井先生と市中を歩いたことがあります。その時、浅井先生はどの町へ出ても、どの建物を見ても、あれは好(よ)い色だ、これは好い色だ、と、とうとう家へ帰るまで色尽くしで御仕舞(おしま)いになりました。さすが画伯だけあって、違ったものだ、先生は色で世界が出来上がってると考えてるんだなと大いに悟りました」

漱石の弟子・小宮豊隆は、この日の日記に次のように記した。

《大々的の演説なり。作者の態度の相違よりしてロマンチシズムの文学とナチュラリズムの文学とが出てくるといふにあり》

既存の文学史やジャンル分けとは、ちょっと異なる切り口を提示してみせた漱石先生なのだった。

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館は、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催する。会期は2016年3月26日(土)~5月22日(日)、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

 文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』『漱石「こころ」の言葉』『文士の逸品』『石橋を叩いて豹変せよ』など。

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