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夏目漱石、妻の目を盗んで大好物の団子をつまみ食いする。【日めくり漱石/2月8日】

『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともに毎日お届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

人生は一個の理屈にまとめ得るものにあらず(『人生』より)

廣榮堂は安政3(1856)創業。当初きびだんごは串に刺した形で売っていたが、岡山駅で立ち売りするため箱詰めにしたという。

廣榮堂は安政3年(1856)創業。当初きびだんごは串に刺した形で売っていたが、岡山駅で立ち売りするため箱詰めにしたという。写真は現在販売されている「むかし吉備団子」。画像提供/(株)廣榮堂

 

【1913年2月8日の漱石】

今から103年前の今日、すなわち大正2年(1913)2月8日の朝、漱石はそっと自宅の台所に入っていった。周囲に人がいないのを確かめ、卓の上の包みに手をのばす。そこには、昨日送られてきた菓子折りが置かれていた。漱石は中身を取り出すと、ひとつ、ふたつと、素早く口の中に放り込んだ。岡山名産の吉備団子。それも、江戸期安政年間創業、現在も岡山で営業を続ける老舗・廣榮堂の「きびだんご」だった。漱石は、思わず舌鼓を打った。

団子の送り主は、岡山出身の内田栄三。後年、随筆家・内田百間(うちだ・ひゃっけん)として広く知られるようになる人物である。この頃はまだ、東京帝大の独文科の学生だった。百間は早くから漱石に私淑していた。2年前、長与胃腸病院に入院中の漱石を見舞って初めて会見を果たし、以降、門下生として漱石のもとに出入りしていた。

漱石は甘いものが大好物だった。ところが、胃に持病を抱えているため、やたらと間食に甘いものをつまんだりするのは、妻の鏡子に止められていた。今朝、周囲の目を盗むようにして吉備団子を食べたのも、そのためだった。

廣榮堂のきびだんごは、箱につめる際、中で団子と団子がくっつかないよう、薄い木を格子に組んで仕切りをつけ、整然とおさめてあった。そのため、普通ならつまみ食いするとすぐにわかってしまう。だが、今回はたまたま輸送の途中で箱が壊れ、中から団子が転がり出てしまっていた。漱石はこれ幸いと、鏡子に知られないように、こっそりつまみ食いを果たしたのだった。数え47歳の漱石先生、こういうところは、まるで子供だった。

後年、内田百間は随筆『夜明けの稲妻』に、こんなふうに書いている。

《廣榮堂では昔、細い竹串にさした吉備団子を店で売つてゐた。今の様に折に詰めたのばかりではなかつた様である。折に詰めると云へば、折の中で団子と団子が食つ著かない様に、経木を格子に組んだ。桟の中に団子が行儀よく列べてある。(略)岡山名物吉備団子を夏目漱石先生に贈つたところ、請け取つたと云ふお礼の手紙を戴き、その中に、団子は丸いとばかり思つてゐたが、吉備団子は四角いのだねとあつた。経木の桟の格子の中で四角くなつてしまつたのである》

四角くても、箱から転がり出ていても、その美味は漱石にひとときの喜びをもたらしていた。

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館は、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催する。会期は2016年3月26日(土)~5月22日(日)、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

 文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』『漱石「こころ」の言葉』『文士の逸品』『石橋を叩いて豹変せよ』など。

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