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夏目漱石、30歳を超えて何事も成していない己の情けなさを吐露する。【日めくり漱石/2月7日】

『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともに毎日お届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

これでよいと、自己で自己をきめる分別ありたきものなり(『書簡』明治41年12月20日より)

漱石が受け取った愛媛県尋常中学校教員嘱託辞令。漱石の月給は、住田校長の60円を上回る80円。外国人教師並みの待遇だった。写真/神奈川近代文学館蔵

漱石が受け取った愛媛県尋常中学校教員嘱託辞令。漱石の月給は、住田校長の60円を上回る80円。外国人教師並みの待遇だった。写真/神奈川近代文学館所蔵


1896年2月7日の漱石】

今から120年前の今日、すなわち明治29年(1896)2月7日、漱石は学生時代の友人で歴史学者の斎藤阿具(さいとう・あぐ)へ手紙を書いていた。この頃、漱石は四国の松山で中学校の英語教師をつとめていた。授業の参考にしようと思い、数日前に阿具に依頼して講義録を送ってもらった。今書いているのは、その礼状であり、支払うべき代価の額についての問い合わせも兼ねていた。

だが、そうした用件とは別に、漱石はこう書かずにはいられなかった。
《小弟碌々(ろくろく)として遂に三十年と相成(あいなり)甚だ先祖へ対しても面目なくこまり入候》

自分はこれといって何事も成すことなく、齢30を迎えてしまっている。祖先に対しても面目ない。そういう、嘆きにも似た思いを訴えたのだ。「先祖云々」という、ちょっと大袈裟な言い回しでユーモアを漂わせたのは、あまり深刻ぶった調子に陥ることを嫌ったためだろう。

漱石は大学へ進学する際、はじめ建築家となることを志望していた。ところが、米山保三郎という天才肌の友人から「日本ではどんなに腕をふるっても、セント・ポール大寺院のような後世に残る建物はつくれない。まだ文学の方が生命がある」といわれ、英文学へ志望を切り換えたという経緯があった。当初は英文に通達して英語で立派な述作をものし、西洋人を驚かせてやろうという希望も抱いていたという。

歳月は過ぎ、様々な現実の壁も味わいながら、漱石はいま自己に問いかける。

「この先、自分は何をすべきか、何ができるのか…」

裏を返せば、漱石の中には、それだけ志のようなものがある。漠然とした「夢」といってもいいのかもしれない。でも、そう簡単には具体的な目標としてつかみきれないでいた。まだまだ悩み多き、数え30歳の漱石先生なのである。 

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館は、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催する。会期は2016年3月26日(土)~5月22日(日)、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

 文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』『漱石「こころ」の言葉』『文士の逸品』『石橋を叩いて豹変せよ』など。

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