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夏目漱石、便箋2枚の原稿に一度も目を落とさず英語でスピーチする。【日めくり漱石/2月5日】

『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともに毎日お届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

落第のいっぺんくらいは心地よきものに候。ますます奮発しておやりなさるべく候(『書簡』明治34年9月12日より)

樋口一葉(1872~1896)。代表作『たけくらべ』は、明治28年1月から翌年1月にかけて雑誌『文学界』に断続的に連載されたのち、明治29年4月に『文芸倶楽部』に一括掲載。森鴎外がこれを読んで一葉を賞賛し、文名が一気に高まった。写真/日本近代文学館蔵

樋口一葉(1872~1896)。代表作『たけくらべ』は、明治28年1月から翌年1月にかけて雑誌『文学界』に断続的に連載されたのち、明治29年4月に『文芸倶楽部』に一括掲載。森鴎外がこれを読んで一葉を賞賛、文名が一気に高まった。写真/日本近代文学館蔵


【1889年2月5日の漱石】

今から127年前の今日、すなわち明治22年(1889)2月5日、帝国大学(現・東京大学)の講堂で、第一高等学校(帝国大学の予科)の第2回英語会が開催された。一高に籍を置く数え23歳の漱石も、これに参加した。

会が始まると、一高の学生たちが代わる代わる壇上に立ち、英語でスピーチをする。漱石の親友で俳人の正岡子規や国文学者の芳賀矢一、そして漱石自身も、演説を試みた。

中でもっとも注目を浴びたのは、漱石のスピーチだった。タイトルは「ザ・デス・オブ・マイ・ブラザー」。漱石の長兄の大助が、肺結核のため2年前に亡くなっていた。その兄のことを題材にして、「亡兄の面影はいまも眼前に彷彿とする。『勉強するんだよ』という兄の臨終間際のひとことを、私は形見のように大事にしている」といった内容を、英語でスピーチしたのだった。

じつは、周囲を驚かせたのは、語られた内容以上に、漱石の話しぶりだった。他の学生は、用意した原稿を見ながら読み上げる形でスピーチをした。これに対し、漱石は用箋2枚の表裏にびっしりと書いた原稿を用意はしていたが、いざ檀上に上がると、その用箋に一度も目を落とすことなく、終始一貫、顔を上げたまま語りかけるような調子で演説をしたのである。さすが未来の英文学者と言うべきか。

そんな漱石も、少年期はむしろ漢文志向。数え14歳の折には、好きな漢学をより深く学ぶため府立一中(日比谷高校の前身)からわざわざ漢学塾の二松学舎へ転校している。時代の要請もあり、その後、英語を学んでいくが、必ずしも優等生ではない。この3年前には、一高の2学年から3学年に進級できず落第したことがあった。でもそこから発奮して勉強をし直し、卒業まで首席で通した。先のスピーチにもあったように、早世した兄の臨終の言葉が漱石を励ましたところもあったのだろう。

ちなみに、漱石の妻・鏡子が語り残したところによれば、この長兄・大助には、まだ元気だった頃、結婚の話があった。相手は樋口夏子、のちに『たけくらべ』『にごりえ』などの名作を紡ぐ樋口一葉だった。両者の父親がともに警視庁に勤める上司と部下であり、一時、そんな話が浮上したのだという。ところが、部下である一葉の父親には借金癖があり、それを嫌った漱石の父・直克が、この話を取りやめにした。

もしこの縁談が実を結んでいたら、漱石先生、5つ年上ながら樋口一葉の義弟となっていたわけだ。一葉は結局、独身のまま、貧窮暮らしの中で若くしてこの世を去る。台東区立一葉記念館を訪れて、娘らしい身繕いに使ったであろう遺愛の櫛や簪(かんざし)、陶器の紅入れなどを見ていると、結ばれなかった縁や、師・半井桃水(なからい・とうすい)との悲恋も思われて、ちょっと切ない。

一葉が同人雑誌『文学界』に『たけくらべ』を断続的に連載しはじめた頃、漱石は松山にいた。明治29年(1896)11月23日、一葉が病没した時は熊本にいた。森鴎外が《われは縦令(たとい)世の人に一葉崇拝の嘲を受けんまでも、此人にまことの詩人といふ称をおくることを惜まざるなり》と綴(つづ)ったような、急激に高まる文壇の評価と、それに続く女史の早世を、漱石はある時差をもって受けとめていただろう。

時を経て、明治40年(1907)に発表の小説『野分』の中に、漱石は次のように書いてる。
《文学に(尾崎)紅葉氏一葉氏を顧みる時代ではない。是等の人々は諸君の先例になるが為めに生きたのではない。諸君を生む為めに生きたのである。(略)是等の人々は未来の為めに生きたのである》

そこには、尾崎紅葉や樋口一葉といった先人たちの仕事を踏まえつつ、新しい文学の時代を拓いていかねばならないという漱石の覚悟が滲んでいる。

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館は、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催する。会期は2016年3月26日(土)~5月22日(日)、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

 文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』『漱石「こころ」の言葉』『文士の逸品』『石橋を叩いて豹変せよ』など。

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