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夏目漱石、講演会で再会した旧友の反応が不可思議でならない。【日めくり漱石/2月3日】

『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともに毎日お届けします。

■今日の漱石「心の言葉」

われはわれなり。われはわれなる他、何者たることができようか(『断片』明治38、39年より)

門弟の野間真綱あてに出した漱石書簡(明治39年2月5日付)。就職口が決まったことを聞き、《精出して御勤めなさい》とやさしく励ましている。写真/神奈川近代文学館蔵

門弟の野間真綱宛てに出した漱石書簡(明治39年2月5日付)。就職口が決まったことを聞き、《精出して御勤めなさい》と優しく励ましている。写真/県立神奈川近代文学館所蔵


【1906年2月3日の漱石】

今から110年前の今日、すなわち明治39年(1906)2月3日、数え40歳の漱石は東京帝国大学英文科講師で、この日、読売新聞社主催の通信講演会に講演者として招かれていた。講演の開始は午後1時からの予定。几帳面な漱石は30分以上前に会場入りしていた。講演者はもうひとり、法学者の松波仁一郎だった。

松波仁一郎は大阪生まれ。漱石とほぼ同時期に、一高から帝国大学(現・東京大学)に学んだ経歴の持主だ。漱石の英文学に対し松波は法学と、専攻した分野は異なるが、同じキャンパスに学ぶ青年として互いに顔くらいは見知っていた。漱石の時代、帝国大学の学生数は、現今と比べると随分と少なかった。卒業する学士の総数は、年間300人余りだったという。

後から会場に到着した松波は、そこに漱石の姿を認めた。漱石も相手の顔を見て松波だと認識し、互いに黙礼を交わす。いよいよ開演の時間が迫ってきて、松波は誰にともなく呟いた。

「相手の夏目漱石がまだ来ていないので、困るなあ」

漱石は苦笑して応じた。「その男なら、君の目の前にきているよ」

松波はびっくりした。どうしてこんな間違いが生じたのか。理由はこうである。

漱石が松波と出会った頃、漱石は養家の塩原姓を名乗っていた。その後、夏目家に復籍して夏目姓に戻るが、とくに深い交流もない松波はそれを知らなかった。松波はいま初めて、自分では「塩原金之助」だとばかり思っていた目の前の人物が、『吾輩は猫である』などで世間の評判をとっているあの夏目漱石だと了解したのだった。なんとも妙なひと間違いだった。

帰宅した漱石は、このところちょっとふさぎ込んでいる門弟の野間真綱を案じ、《君の憂鬱病はどうなつた》などと綴(つづ)る手紙を投函した。

真綱からは、ほどなく明るい返信があった。真綱の憂鬱の一番の原因は、どうやら就職口のことにあって、そこに解決がもたらされたのだ。漱石は、2月5日付けで真綱へこんな手紙を書き送っている。

《拝啓 陸軍の英語教師の口があつた由 何より結構の事と存候 実は君の口に就ては内々心配して居つたが是で僕も安心した 精出して御勤めなさい 決してなまけてはいけません。其内月給が上つて美人の妻がもらへます》

門弟の喜びに寄り添い、ユーモアを交えながら真摯に励ます漱石先生であった。 

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館は、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催する。会期は2016年3月26日(土)~5月22日(日)、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

 文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』『漱石「こころ」の言葉』『文士の逸品』『石橋を叩いて豹変せよ』など。

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