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夏目漱石、正岡子規を通じて知り合った俳人と生死について語り合う。【日めくり漱石/1月31日】

『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともに毎日お届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

これからいつまで生きられるか、もとより分らない。思うに一日生きれば一日の結構で、二日生きれば二日の結構であろう(『思い出す事など』より)

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漱石の熊本時代、同僚・菅虎雄の家に同居した時期を除き、5番目の家となる内坪井の借家。長女の筆子はこの家で生まれた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 

【1899年1月31日の漱石】

今から117年前の今日、すなわち明治32年(1899)1月31日、数え33歳の漱石は熊本で3度目の冬を迎えていた。引っ越しを重ね、この頃住まっていたのは、熊本で5軒目の家となる内坪井町の家だった。この内坪井町の家は、現在、市の史跡「夏目漱石内坪井旧居」として一般の見学者を受け入れている。邸内には、直筆原稿や写真などの資料も展示されていて、往時の漱石の暮らしを偲ばせる。

漱石は熊本赴任後まもなく妻を娶(めと)り、その妻・鏡子はいまは身重の体だった。

この日の夜、漱石は鏡子を家に残し、市内船場にある旅館研屋(とぎや)へ足を運んだ。この旅館は漱石と熊本で結婚式を挙げる前日、鏡子が父親の中根重一とともに宿泊した宿でもあった。

宿では、漱石より2歳年少の村上霽月(むらかみ・せいげつ)が待っていた。霽月は松山の俳人にして、資産家の実業人。漱石が松山の下宿・愚陀仏庵に病気療養の正岡子規を受け入れたとき、子規を通じて知り合った人物だった。子規が東京に戻ったあとも漱石と霽月の交流は続き、松山へ里帰りした高浜虚子も交えた3人の句会を繰り返し楽しんだりもした。霽月のこのときの熊本来訪は、仕事がらみのことであったのだろう。

漱石と霽月は、深夜まで生と死の問題などについて語り合い、俳句も詠んだ。この頃の作とされる漱石の次のような句は、もしかするとこの夜に生まれたものだったのかもしれない。

《吾折々死なんと思ふ朧かな》
《死して名なき人のみ住んで梅の花》

話ばかりか俳句のテーマにも「死」が入り込むのは、子規の抱える病が暗い影を投げかけていたせいでもあったろうか。

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館は、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催する。会期は2016年3月26日(土)~5月22日(日)、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

 文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』『漱石「こころ」の言葉』『文士の逸品』『石橋を叩いて豹変せよ』など。

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