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『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともに毎日お届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

学問すなわち物の理がわかるということと、生活の自由すなわち金があるということは、関係ない(『断片』明治39年より)

中川芳太郎がまとめた『文学論』第一冊の草稿。漱石がこれに目を通して加筆修正がなされ、昭和40年5月、単行本が刊行された。神奈川近代文学館蔵

中川芳太郎がまとめた『文学論』第一冊の草稿。漱石がこれに目を通して加筆修正がなされ、昭和40年5月、単行本が刊行された。写真/神奈川近代文学館蔵

 

【1908年1月24日の漱石】

今から108年前の今日、すなわち明治39年(1908)1月24日、漱石は東大英文科に在学中の門弟・中川芳太郎宛に手紙をしたためていた。

《二十五円来て懐中暖気の由、結構に候。然し二十五円の金を見て夢の様だ抔(など)とは頗(すこぶ)る安い了見に候。(略)金を得てうれしく使ふのは当前に候。金を得て驚喜夢の様になるのは金に中毒したものに候。左様な心掛にては金さへ見れば何でもする様になり候》

翻訳の手伝いをしたらしく、芳太郎のところに25円という当時の月給並みのまとまったお金が入った。予期していた額よりかなり多かったのだろう、芳太郎は漱石へ宛てた手紙の中で「夢のようだ」と書いた。それに対して漱石は、よかったねと相槌を打ちながらも、若い芳太郎の将来を慮(おもんばか)り、「金の奴隷になってはいけないよ」と釘を刺したのであった。このとき漱石数え40歳、芳太郎25歳。

漱石はさらに、こんな一文も書き添えている。

《貧乏も心の持ち様では遥かに金持ちより高尚な気がするものに候》

《五円残つてるなら甘(うま)いものを食つてどんどん運動をして将来に於て世の中と喧嘩をする用意をして御置きなさい》

こんなことを言ってくれる先生がいるなんて、まことに羨ましい限り。じつをいうと、こうした言葉が書きつらねられている「漱石書簡集」を、佐藤春夫や山田風太郎、中村真一郎、出久根達郎、佐伯一麦といった、多くの文人諸兄が愛読してきた。

そうした誰もが、漱石の手紙をまるで自分宛てのもののように読んで、励まされたり、慰められたり、時に怒られたりすることによって、自分の人生の糧としてきた。筆者もそのひとりである。漱石の門弟・森田草平宛て書簡の中の次のような言葉など、なんとも滋味深い。

《君弱い事を云つてはいけない。僕も弱い男だが弱いなりに死ぬ迄やるのである。やりたくなくつたつてやらなければならん。君も其通りである》

なお、中川芳太郎はこののち漱石に頼まれて、漱石の東京帝国大学での2年におよぶ『英文学概説』の講義をもとにした『文学論』の草稿をまとめた。その後は、名古屋八高の教授となっている。 

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館は、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催する。会期は2016年3月26日(土)~5月22日(日)、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

 
文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』『漱石「こころ」の言葉』『文士の逸品』『石橋を叩いて豹変せよ』など。

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