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『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともに毎日お届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

学問は綱渡りや皿廻しとは違う。芸を覚えるのは末のことである。人間が出来上がるのが目的である(『野分』より)

 

漱石も歩いたロンドンのベーカー・ストリート。コナン・ドイルが生んだ架空の名探偵シャーロック・ホームズはこの通り沿いに住んでいたとされ、現在は博物館も設けられている。漱石のノートにはドイルの作品に関するメモも残る。

漱石も歩いたロンドンのベーカー・ストリート。コナン・ドイルが生んだ架空の名探偵シャーロック・ホームズはこの通り沿いに住んでいたとされ、現在は博物館も設けられている。漱石のノートにはドイルの作品に関するメモも残る。


【1901年1月15日の漱石】

今から115年前の今日、すなわち明治34年(1901)1月15日、数え35歳の漱石は、ロンドンのベーカー・ストリートを歩いていた。英国人作家コナン・ドイルによって、架空の名探偵シャーロック・ホームズが住んでいたとの設定もなされている通りである。もちろん、当時は、この架空の名探偵のための記念館(観光施設)などはしつらえられていない。

やがて漱石は、通りの一本裏手のグロスター・プレイス55番Aの建物の中に入っていった。階段を4階まで上り、黒い扉の前ではずむ息を整えてから、ノッカーに手をかける。50年配の眼鏡をかけた女が、びっくりしたような顔つきで漱石を招じ入れ、客間へ通す。そこには、縞のフラネルを着てむくむくしたスリッパを履いたアイルランド人の紳士が待ち受けていて、いつもと同じように右手を差し出す。漱石がその手を握って、やおら1対1の授業が始まるのだった。

紳士は、ショイクスピアの研究家、ウイリアム・ジェームズ・クレイグ、57歳。漱石はこの人のもとへ、前年の11月から毎週火曜日に通ってきては、英国詩文の個人授業を受けていた。はじめ、ケンブリッジやオックスフォードでの聴講も考えたのだが、授業料が高い上に、上流階級の子弟との交際費などの出費がかなりかさむことがわかり、クレイグの個人授業を選択した漱石だった。

時が大正に移り、親が築いた莫大な資産を背景にケンブリッジに留学し、貴族の友だちと高級外車を乗り回していた官僚で実業家の白洲次郎などとは違って、漱石先生、文部省支給の少ない留学費用をやりくりして、なにかと苦労が多いのである。

クレイグは「鞭(むち)を忘れた御者(ぎょしゃ)」のような印象の変わり者だったが、シェークスピア研究に情熱を傾ける一方で、英詩に対する造詣(ぞうけい)も深かった。

この人が熱をこめて詩を朗読する様子を、漱石は《詩を読むときには顔から肩の辺が陽炎(かげろう)の様に振動する》(『永日小品』)と綴(つづ)っている。 

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館は、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催する。会期は2016年3月26日(土)~5月22日(日)、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

 
文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』『漱石「こころ」の言葉』『文士の逸品』『石橋を叩いて豹変せよ』など。

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