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『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともに毎日お届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

私の考えでは、世の中に何が尊いといって愛と美ほど尊いものはないと思います。吾々を幸福にするのは全く両者の御蔭であります(『吾輩は猫である』より)

 

寺田寅彦(1878~1935)。物理学者として地球物理学の分野で多大な研究成果を挙げた。漱石の『吾輩は猫である』に登場する寒月君のモデルともなった。高知県立文学館蔵

寺田寅彦(1878~1935)。物理学者として地球物理学の分野で多大な研究成果を挙げた。漱石の『吾輩は猫である』に登場する寒月君のモデルともなった。高知県立文学館蔵


【1906年1月13日の漱石】

今から110年前の今日、すなわち明治39年(1906)1月13日、漱石は門弟で物理学者の寺田寅彦へ、新婚の祝いとして絹糸と熨斗(のし)を届けた。この時、寅彦は数え29歳。迎えた妻は、寅彦と同じ高知出身の寛子(ゆたこ)。結婚式は前年の8月、郷里であげた。そのあと、寅彦が単身上京して貸家を探し、12月から小石川の新居での結婚生活をはじめていた。

漱石は上京当日(8月20日)の寅彦から、すでに結婚の報告を受けている。その2日後、寅彦は改めて夏目家を訪問、漱石の妻・鏡子夫人に記念として「白玉の帯鐶」(白サンゴの帯留)を贈ったことを日記に記している。漱石夫妻からも当然、ご祝儀を渡されたことだろう。

漱石がこの日持参した絹糸は、それとは別の新生活をはじめた新婦への気遣いだったろうか。漱石は1月3日にもふらりと新婚の寺田家を訪ね、寛子のつくった雑煮の馳走にあずかりながら、夫婦の仲睦まじい様子を目を細めて眺めていた。

寅彦はじつは、熊本五高在学中の明治30年(1897)7月、20歳の折に親が決めた最初の結婚をしている。相手は15歳と年若い夏子。ところが、夏子は結核のため、一女を残して20歳で病没してしまった。夏子が病に倒れたのは、ちょうど漱石がロンドン留学中のこと。漱石はロンドンからはるばる《随分御療養専一》と見舞いの手紙を書いたりもしていた。

その夏子が漱石の帰国直前に没して3年余、寅彦がようやく新しい結婚生活へ踏み出していく気持ちになれたことに、40歳の不惑を迎えた漱石は、ほっと安堵の胸をなでおろしていた。寅彦は、帰国した漱石のもとを頻繁に訪ねることで、自身の傷ついた心を癒すことができたのだった。

寅彦は漱石の没後、しみじみとこう綴(つづ)っている。

《色々な不幸の為に心が重くなつたときに、先生に会つて話をして居ると心の重荷がいつの間にか軽くなつて居た。(中略)先生といふものゝ存在そのものが心の糧となり医薬となるのであつた》(『夏目漱石先生の追憶』)

漱石先生は、門弟たちにとってよき庇護者。今でいうカウンセラーのような役割も果たしていた。

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館は、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催する。会期は2016年3月26日(土)~5月22日(日)、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

 文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』『漱石「こころ」の言葉』『文士の逸品』『石橋を叩いて豹変せよ』など。

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