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夏目漱石、小泉八雲との思わぬ不思議な縁に驚く。【日めくり漱石/1月11日】

『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともに毎日お届けします。


■今日の漱石「心の言葉」
 人間は自分だけを考えるべきではない。少しは人のために何かしなくっては心持のわるいものだ(『それから』より)

小泉八雲(1850~1904)。『知られぬ日本の面影』『怪談』などの著作を通して日本の文化を海外へ紹介した。松江市/小泉八雲記念館蔵

小泉八雲(1850~1904)。『知られぬ日本の面影』『怪談』などの著作を通して日本の文化を海外へ紹介した。写真/小泉八雲記念館蔵


【1913年1月11日の漱石】

今から103年前の今日、すなわち大正2年(1913)1月11日の午後、数え47歳の漱石は、前夜にしたためた1通の手紙を投函した。

宛先は、俳人で金沢第四高等学校教授の大谷正信。正信から漱石のもとに数日前、正信の著書『滞英二年 案山子(かかし)日記』が送られてきていた。その巻頭に《此書を恩師故小泉八雲先生の霊に捧ぐ》という献辞があった。正信は生まれ故郷の松江で、わずかながら八雲の薫陶にふれていた。

正信が著書に記したこの献辞を見つけ、漱石の胸には響くものがあった。

漱石と小泉八雲の間には、ちょっと不思議な縁がある。漱石は30歳の頃から4年間、熊本の第五高等学校で教鞭をとったが、八雲も漱石が赴任する2年前まで同じ五高に在籍していた。また、ロンドン留学から帰国した漱石は、ほどなく東京帝国大学・英文科の教壇に立つが、その前任者も八雲だった。

八雲は漱石より17歳年長。日本文化の研究者としても国際的に認められた存在だった。一度口を開けばたちまち教室全体を詩的空気に包み込み酔わせてしまうような八雲の講義は、学生たちを魅了していた。そのため、後任の漱石に対し、はじめはいわれのない反発心を見せるような学生もいたらしい。漱石にとっては、とんだとばっちりだった。

だが、そんなことに巻き込まれ、ものごとの本質を見失う漱石先生ではない。漱石が投函した正信宛の手紙には、こう綴られていた。

《巻頭の小泉先生へのデヂケーシヨンは甚だ結構に候。いまだ日本の著書にて八雲先生に捧げたものは一つも無之(これなく)大いに嬉しく存候》

ギリシア生まれの英国人でありながら、日本文化の研究と紹介に高い業績を遺した八雲を、漱石はきちんと評価し、尊敬の念をも抱いていたのである。 

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館は、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催する。会期は2016年3月26日(土)~5月22日(日)、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら 

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

 文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』『漱石「こころ」の言葉』『文士の逸品』『石橋を叩いて豹変せよ』など。

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