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『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともに毎日お届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

 何をしても自分は自分流にするのが、自分に対する義務だと思います。天と親がコンナ人間を生みつけた以上は、コンナ人間で生きておれという意味より外に解釈しようがな(『書簡』明治39年7月2日より) 

東京・新宿区喜久井町に建つ「漱石誕生之地碑」。夏目家の紋が井桁に菊だったことから、「喜久井町」の町名がつけられたという。

東京・新宿区喜久井町に立つ「漱石誕生之地碑」。夏目家の紋が井桁に菊だったことから、「喜久井町」の町名がつけられたという。

 
【1867年1月5日の漱石】

漱石が生まれたのは、今から149年前に当たる慶応3年の1月5日。徳川慶喜による大政奉還や坂本龍馬の暗殺の、何か月か前の出来事である。この1月5日というのは旧暦の日付。西暦に換算し直すと、1867年2月9日になる。ちょっとややこしいが、もし周りから誕生日を尋ねられれば、漱石は「1月5日」と答えていたはず。熊本大学五高記念館に残る漱石の履歴書(明治29年3月)にも、《夏目金之助 慶応三年正月生》の文字が記されている。

日本において旧暦が新暦に改められるのは、漱石の生誕から6年近く後の明治5年師走。政府によって布告がなされ、同年12月3日を改暦して明治6年(1873)1月1日とし、以降、新暦を用いることと定められた。のちに漱石の妻となる中根鏡子(戸籍名キヨ)が広島県福山町西町(現・広島県福山市)に生まれたのは、この改暦から4年後の明治10年(1877)7月21日。漱石よりちょうど10歳年下である。

漱石の生誕地は、江戸牛込馬場下横町(現・新宿区喜久井町)。付近には今、漱石門下の哲学者・安倍能成の筆による「夏目漱石誕生之地」の石碑が立っている。

漱石の父は近在の名主をつとめていた夏目小兵衛直克(なつめ こへえ なおかつ)、51歳。母は千枝、42歳。8人兄弟の末子だった。命名・金之助。生誕の日が干支に当てはめると庚申にあたり、その日に生まれた子供は出世する時には大いに出世するが、ひとつ間違うと大泥棒になる。その難を免れるためには、名前に「金」の字か金偏の文字を入れればいい。そんな古くからの言い伝えを踏まえた名づけだった。

その金之助坊や、生後すぐに里子に出された。漱石は晩年になって往時をふり返り、こんなふうに記している。

《私を生んだ時、母はこんな年歯(とし)をして懐妊するのは面目ないと云つたとかいふ話が、今でも折々は繰り返されてゐる。単に其為(そのため)ばかりでもあるまいが、私の両親は私が生れ落ちると間もなく、私を里に遣つてしまつた(中略)私は其道具屋の我楽多(がらくた)と一所に、小さい笊(ざる)の中に入れられて、毎晩四谷の大通りの夜店に曝(さら)されてゐたのである》(『硝子戸の中』)

夜店にさらされる赤ん坊の漱石先生。想像すると、ちょっと切ない。 

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

 
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館は、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催する。会期は2016年3月26日(土)~5月22日(日)、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

 文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』『漱石「こころ」の言葉』『文士の逸品』『石橋を叩いて豹変せよ』など。

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