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『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』…数々の名作を世に残した文豪・夏目漱石が没して今年でちょうど100年。漱石は小説、評論、英文学など多分野で活躍する一方、慈愛に富んだ人間味あふれる紳士でもありました。そんな漱石の「日常」を辿りながら文豪の素顔が見える逸話を取り上げ、小説、随筆、日記、書簡などに綴った「心の言葉」とともに毎日お届けします。


■今日の漱石「心の言葉」

 いやしくも精神的に生活しようと思うなら、義務なきところに向かって自ら進む積極のものでなければならない(『思い出す事など』より)

現在も神田淡路町で営業を続ける鳥料理の老舗店「ぼたん」。明治30年頃の創業と伝えられる。

現在も東京・神田淡路町で営業を続ける鳥料理の老舗店「ぼたん」。明治30年頃の創業と伝えられる。

 
【1905年1月4日の漱石】

今から111年前の今日、すなわち明治38年(1905)1月4日、東京の空は高く晴れわたっていた。漱石は寺田寅彦とともに、はればれとした心持ちで本郷界隈を散歩していた。

寅彦は漱石より11歳年下。漱石が熊本の第五高等学校で教壇に立っていた頃の教え子で、以来、生涯にわたって漱石を師と慕い続けた。専門は物理学だが、随筆家としても一流だった。

漱石と寅彦は散歩の足を延ばし、電車を使って麹町区富士見町(現・千代田区富士見)の俳人・高浜虚子の居宅を訪れた。虚子は俳句文芸雑誌『ホトトギス』の編集発行を正岡子規から任された人物。虚子の居宅はその発行所を兼ねている。3日前の発行日で刊行されたその『ホトトギス』第8巻4号に、漱石の『吾輩は猫である』第1回の原稿が発表され、大変な評判を呼んでいた。

これが漱石先生の作家デビューである。しかし、親友の正岡子規はそれを見届けることなく、2年余り前に病没していた。

虚子宅にはたまたま同門の俳人・寒川鼠骨(さむかわ・そこつ)もいて、4人で連れ立って本郷座へ芝居見物に出かけることにした。ところが、到着してみると満員で入場できない。一行は芝居見物は諦め、神田連雀町(現・須田町)の「ぼたん」の暖簾をくぐった。そこは虚子が以前から贔屓(ひいき)にしていた店で、現在も鳥すきやきの名店として営業を続ける老舗である。

寅彦は、漱石と過ごす時間を宝物のようにしていた。後年(漱石没後)、寅彦はこんなふうに綴っている。

《小弟の廿才頃から今日迄の廿年間の生涯から夏目先生を引き去つたと考へると残つたものは木か石のような者になるように思ひます》

漱石の存在が寅彦にとっていかに大きく潤いのあるものであったかが、如実に伝わってくる。明治期の師弟関係は、現今からすると、うらやましいほど濃密であった。

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館は、漱石没後100年を記念して文豪の作品世界と生涯を展覧する特別展「100年目に出会う 夏目漱石」を開催する。会期は2016年3月26日(土)~5月22日(日)、開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)、観覧料は700円。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら 

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

 
文/矢島裕紀彦 
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』『漱石「こころ」の言葉』『文士の逸品』『石橋を叩いて豹変せよ』など。

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