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松浦武四郎~「北海道」の名づけ親【にっぽん歴史夜話19】

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前列中央から時計回りに、ご飯、野蕗のきゃらぶき、煎り豆腐(人参)、鶏そぼろ、漬物(胡瓜と人参の糠漬け・壬生菜・刻み沢庵)、焼き海苔、ごんげん蒸し、大根おろし(葱・鰹節・胡麻)、納豆(葱)、絹さやの浸し(鰹節)、味噌汁(豆腐・若布・葱)、中央右は焼き鮭、左は蒲鉾と山葵漬け。今朝は小鉢に盛っているが、常備菜のきゃらぶきや煎り豆腐、鶏そぼろ、加えてごんげん蒸しなどは大皿で登場し、取り分けていただくことが多い。絹さやは昨夜の残りを浸しに。蒲鉾は、山葵漬け(静岡『野桜本店』の激辛口)をつけて食す。焼き海苔は東京・品川の『みの屋海苔店』のものを愛食。焼き海苔とごんげん蒸しの器の模様は、定紋である揚羽蝶。

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水運で潤う城下町を全国に残す|三英傑に仕え「全国転勤」した武将とゆかりの城【田中吉政編】

写真・文/藪内成基

戦国時代から全国統一へと進んだ織田信長、豊臣秀吉、徳川家康。いわゆる「三英傑」の元で仕えた武将は、忠義を守りながら、時に家のために立場を変えながら生き残りを図りました。その選択の中で、出世を果たしたり、逆に左遷を命じられたり、全国を飛び回ることになった武将たちがいました。大異動が多かった武将を、赴任地の城とともに紹介し、戦国武将の転勤人生に迫ります。

今回は、豊臣秀吉とも徳川家康とも良好な関係を構築し、水運を生かした整備により、今も美しい景観を残す城下町を造ってきた田中吉政(たなかよしまさ)を取り上げます。

豊臣秀吉の甥・秀次の宿老として近江八幡の城下町整備を行う

田中吉政は、近江国(現在の滋賀県)に生まれ、若くから出世を重ね、ついには、羽柴(豊臣)秀吉の甥、羽柴秀次の筆頭家老(宿老)となります。羽柴秀次の居城として八幡山城(現在の滋賀県近江八幡市)を築き、田中吉政が在城。当時は、秀次が秀吉の後継者と考えられていたため、秀次が八幡山城を離れることが多く、田中吉政が留守を取り仕切っていました。後に秀次は秀吉の養子となりますが、豊臣秀頼の誕生を機に失脚。秀次が切腹した際、田中吉政は連座することなく、その後も加増を重ねていきます。

琵琶湖は当時の物流の要であり、城下南に琵琶湖とつながる「八幡堀(はちまんぼり)」を設けて、商船をつけるようにし、「近江商人の町」の礎を築きました。

八幡堀に沿って白壁の土蔵や旧家が立ち並び、往時の賑わいが偲ばれる

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総石垣造りの名残が残る八幡山城。豊臣秀次の移封後は、京極高次が入城するものの文禄4年(1595)に廃城

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小田原攻めの後、徳川家康に代わり岡崎城主となる

天正18年(1590)、小田原攻めでの功績を認められ、田中吉政は岡崎城(現在の愛知県岡崎市)に移ります。岡崎といえば徳川家康の誕生地であり、関ヶ原の戦いの後も岡崎城は徳川家の「聖地」として重視され、譜代大名・親藩が城主となった要衝でした。

江戸へと移った家康に代わり、田中吉政は岡崎の開発に力を注ぎます。防備のために町を囲む「田中堀」や矢作(やはぎ)川の築堤工事に着手。さらに城下を拡張整備し、東海道を城下町に引き入れた「二十七曲り」と呼ばれる屈折の多い道筋を造りました。城下防衛に加えて、街道筋に店舗が並び、旅人を滞留させる経済効果がありました。八丁味噌や陶磁器などの特産品も生まれ、東海道で三番目の規模を誇る宿場となります。

昭和34年、鉄筋コンクリートで付櫓と井戸櫓が付属する天守が再建。本来、最上階の高欄は存在しない

昭和34年、鉄筋コンクリートで付櫓と井戸櫓が付属する天守が再建。本来、最上階の高欄は存在しない

 

岡崎城の西側を流れる堀代わりの伊賀(いが)川。川沿いには、家康ゆかりの「家康公産湯の井戸」がある

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