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幕末の日本でいち早く近代化を推進した小栗上野介忠順は、「徳川近代」を象徴する幕臣である。その小栗が維新後、さしたる理由もなく新政府軍に斬首されたことに「維新の実像」が見えて来る。

元『歴史読本』編集者で歴史書籍編集プロダクション・三猿舎を経営する安田清人氏による、『消された徳川近代 明治日本の欺瞞』著者・原田伊織氏インタビュー。今回の第三弾は、「徳川近代」を牽引した小栗上野介忠順の実像に迫る。

アメリカ訪問時の一葉(前列左からふたり目が小栗上野介・東善寺蔵)

アメリカ訪問時の一葉(前列左からふたり目が小栗上野介・東善寺蔵)

消された小栗上野介

――ご著書『消された徳川近代 明治日本の欺瞞』では、「徳川近代」をつくり上げてきた複数の人材が紹介されています。第三章では、小栗上野介を「徳川近代の柱」と表現しておいでです。

原田 小栗こそは、「徳川近代」を代表する優れた官僚であり、政治家だと私は確信しています。「徳川近代」を支えた幕臣はあまたいますが、なかでも小栗は傑出しています。知力、実践力、交渉力、危機対応力、何れにおいても。並ぶものはいません。

それは当時の記録に明らかです。万延遣米使節としてアメリカに渡ったとき、アメリカの政府高官やメディアが小栗のことを驚くほど高く評価しています。評一切のバイアスが想定できない相手が小栗を高く評価しているのですから、これほど信用できる評価はありません。

正直に言えば、この本一冊、まるまる小栗に紙幅を割いても良かったくらいです。しかし、咸臨丸の渡航や日米交渉の過程に注目すると、どうしても小野友五郎や岩瀬忠震にも触れないわけにはいきません。彼らに比べれば、小栗は近年、いろいろなメディアで取り上げられる機会もあります。相対的な知名度は高い。となると、「徳川近代」を語るためには、やはり小栗だけでなく、小野や岩瀬の功績も取り上げるべきだろうと判断したのです。

――岩瀬忠震についてもっとも評価すべき点とは?

原田 簡単に言えば、日米交渉の実務を取り仕切り、「日米修好通商条約」を締結に漕ぎつけた、ということです。一般的なイメージだと、「日米修好通商条約」は不平等条約で、幕臣はアメリカのハリスの言いなりになって、この不平等条約を唯々諾々と受け入れたことになっています。しかし、これはまったくの間違い。当時の時代背景を冷静に分析すれば、必ずしも不平等とは言えません。

諸外国との真っ当であった条約は、むしろ尊皇攘夷派の「異人斬り」という暴挙によって、日本側が不利になっていったという推移があります。薩長を中心とする明治政府にとっては、非常に都合が悪い話ですから、「不平等条約を幕府が押し付けられた」という物語に仕立てたのでしょう。

――小栗の功績として、特筆すべきは。

原田 まずは日米外交。小栗はアメリカで近代文明に直接触れる機会を得ました。そして帰国後、幕府軍の近代化だけにとどまらず、横須賀造船所という、製鉄所と造船所を兼ねた近代工業施設を造り上げます。小栗はアメリカから帰国するとき、グラスやネジ、バネといった工業製品を持ち帰りました。西欧工業社会をモデルとして近代国家建設を、素手のこの段階で志していたことが分かります。

横須賀造船所建設にあたり、小栗は幕臣きってのフランス通である栗本鋤雲を通じて、技師ヴェルニーを招聘するなどフランスの全面的な支援を受けています。この時、幕府財政を案じる栗本に向かって「いずれ売り出すとしても土蔵付き売家の栄誉が残る」と言った話は有名です。たとえ幕府が倒れたとしても、横須賀造船所を残せば徳川の栄誉であるというわけです。すでに幕府という枠組みを超えて、国家の行く末を見据えていたことが分かる逸話です。

小栗がアメリカから持ち帰ったネジ。日本の近代事始めを象徴する一本だ(東善寺蔵)

小栗がアメリカから持ち帰ったネジ。日本の近代事始めを象徴する一本だ(東善寺蔵)

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