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取材・文/柿川鮎子

イアン・フレミング原作のスパイ小説、007の主人公といえばジェームズ・ボンド。映画は1962年の「007は殺しの番号、ドクターノオ」から数えて、2015年「007スペクター」まで本編だけでも24作が存在し、2019年11月には最新作の公開が予定されています。ジェームズ・ボンドは世界一有名なスパイといえるでしょう。

しかし、野鳥好きにとっては、ジェームズ・ボンドという名前はスパイであると同時に、米国の著名な鳥類学者の名前として知られています。著者イアン・フレミングは主人公の名前を実在の鳥類学者からとって名付けたことを明らかにしています。

映画の中でもその事実には触れられており、2002年公開の「007 ダイ・アナザー・デイ」で、ボンドがヒロインに対して「私は鳥類学者なんだよ」と身分を偽り、双眼鏡と鳥の図鑑をカウンターに置くシーンが印象的でした。

自分が知る限り最も地味な名前を主人公に

なぜ、フレミングはスパイの名前を実在の鳥類学者からとったのでしょう。週刊誌ニューヨーカーのインタビューページで、ジェームズ・ボンドの由来を「自分が今まで聞いた名前の中で “dullest name” であったからだ」と答えています。dulleは鈍いとか、鈍感な、さえない、面白くない、退屈な、という意味があり、フレミングは主人公にそうした地味な名前を付けたかったのです。

地味でさえない名前をもつ主人公が、難しい事件を華麗に解決していく。主人公の活躍を目立たせるためには、できるかぎりdullest nameであるべきだ、イアンフレミングはそう考えて主人公をジェームズ・ボンドと名付けたようです。

この方が鳥類学者のボンド博士(1900~ 1989年)。米国ペンシルベニア州フィラデルフィア生まれ。英国パブリック・スクールのハーロー校からケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジを卒業した後、3年間、銀行員を務めた経歴をもっています。

イギリス人にとって野鳥趣味は紳士の嗜み

鳥好きにとって重要なのは、フレミングが鳥類学者ジェームズ・ボンドという名前を知っていたこと。ジェームズ・ボンドが書いた鳥の図鑑に親しみ、愛読していた点にあります。

フレミングはイギリス、ウエストミンスター・メイフェア生まれで、政治家の父をもち、陸軍士官学校を卒業した後、ロイター通信に勤務し、戦時中は英海軍情報部で活躍しました。野生動物に関係するような生物学者でもなく、野鳥や自然環境にかかわる仕事をした経歴はありません。単純に個人的な趣味として野鳥に親しみ、鳥の図鑑を愛読していたわけです。

自然な姿のままの野鳥を観察する楽しみを、趣味として確立させたのはイギリスです。世界で最も早い1889年、現在の英国王立鳥類保護協会(RSPB:Royal Society for the Protection of Birds)の母体が創設されました。イギリス人にとって、野鳥趣味というのは日本人が茶道や華道に親しむイメージで、文化人としての嗜み、紳士の趣味といった感覚でしょうか。第二次世界大戦後の世界状況について、チャーチルがトルーマンとともに野鳥観察小屋で密談したと伝えられています。日本ならば、茶室で談義ですね。

英国紳士・フレミングも野鳥に親しみ、大好きな野鳥図鑑をいつも手元に置き、野鳥の名前を調べていたのでしょう。ジェームズボンド著、図鑑・西インド諸島の鳥(Birds of the West Indies)はフレミングがバカンスや執筆のために使っていたジャマイカの別荘にも残されていました。スパイ小説の構想を練り、主人公の名前を考えた時、dullest nameとしてジェームズ・ボンドが浮かびました。いくらdulleとはいえ、鳥類学者の名前がジャック・スミスやオリバー・テイラーだったら、007の魅力はずいぶん違ったものになったかもしれません。

西インド諸島に生息する約400羽以上の鳥の特徴と生息地に関する詳細な情報が掲載された図鑑です。

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