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リタイア後の生き方は“江戸のご隠居”に学べ!『江戸の定年後』【印南敦史の定年本イッキ読み10】

文/印南敦史

高齢化は予想どおり……あるいはそれ以上のスピードで進み続けているようにも思える。もはや「人生80年時代」という言葉すら使い古されつつようにすら思えるのは、きっとそのせいだ。60歳の定年後、さらに約20年を生きるということは、いまやそれほど珍しいことではなくなっているわけである。

そんななか、おもしろいところに目を向けたのは『江戸の定年後―“ご隠居”に学ぶ現代人の知恵』(知恵の森文庫)の著者、中江克己氏だ。

「定年後の人生をいかに充実させていくか」「人生の総仕上げをどうするか」など、さまざまな可能性を求めて模索する人を観察しているというだけならばいたって普通だ。

しかし、それだけにとどまらず、「江戸の老人たちは隠居後、どのように生きていたのだろうか」という疑問を抱いたというのである。そして、さまざまな資料を読み進めた結果、ひとつの事実に行き着いたのだそうだ。

それは「人生50年」とされ、寿命は短かったといわれる江戸時代にも、長命で元気な老人がたくさんいたということ。多くの老人たちが隠居暮らしを楽しんでいただけでなく、なかには隠居してから見事な変身を遂げ、大きな仕事をした人も少なくないというのである。

人は誰しも、不安を抱くことなく、精神的な余裕を持ちながら定年後を過ごしたいと思うものだ。ところが生きていくうえではいろいろな事情が絡みついてくるだけに、実際にはなかなか自信を持つのは難しくもある。歳を重ねて肉体的に老いて行けば、自信を失いがちになったとしても無理はないのだ。

しかし、それでも希望を抱き、つねに「これから」という気持ちをもちつづければ、元気に生き抜くことはできる。

それは本文に登場する江戸の元気な老人たちから学ぶことができるし、彼らのたくましい生き様を見れば、こちらにもその元気が伝染してくるのではないだろうか。(本書「はじめに」より引用)

全体が5章に分けられた本書においては、まず江戸の隠居暮らしと理想の老後について触れている。次いで取り上げられているのは、ずばり健康問題だ。元気に寿命を保つには健康が大切枝ということで、江戸人たちの健康法などに触れているのである。

さらに興味深いのが第3章以降。この章では貝原益軒、加賀千代、杉田玄白、量感、大久保彦左衛門ら、長寿を全うした人たちの長い記述に焦点を当てているのだ。続いて第4章では、隠居後にそれまでとはまったく違った道を歩み、人生の晩年を飾った人が取り上げられている。

最後の第5章では、人生最後の「死」について語られ、山本常朝、十返舎一九、葛飾北斎の死が取り上げられている。このように、どの章もそれぞれ、発想自体が斬新だ。しかし、そんななかでも特に興味深く感じたのは第4章である。

50歳で隠居したのち本格的に天文学と測量術を学び、正確な日本地図作成に第二の人生を捧げた伊能忠敬からは、好奇心と熱意の大切さを学ぶことができるだろう。また、そこに至る以前、つまり婿養子として商才を発揮してエピソードにも心惹かれるものがある。

佐原菊塢(さはら・きくう)は、もともと商人だったものの40代で商売から身を引き、以後は趣味的生活に入ったという経緯の持ち主である。その趣味とは詩集の刊行と園芸で、いうまでもなく後者の象徴が向島百花園だ。趣味を貫きつつ利益を生み出した彼は、サライ世代にとっての理想的な人生を歩んだともいえるかもしれない。

その他、武士から著述家へ転身した神沢杜口(かんざわ・とこう)、大工の棟梁から落語家隣、江戸落語を再興した烏亭焉馬(うてい・えんば)、隠居後に幕臣として活躍しながら狂歌師としても才能を発揮した大田南畝(おおた・なんぽ)、隠居後に才能を開花させた歌川広重、女ひとりで生き抜いた幕末歌人の大田垣蓮月(おおたがき・れんげつ)らの「定年後」も、それぞれが個性的である。

大まかにいえば、真似のできない人生を送ったといえる彼らに共通しているのは、老後の時間を大いに楽しんだという点だ。とはいえ当然のことながら、それの多くは貧乏などの苦難を経た末にもたらされたものだ。

つまり、重要なのはそこである。障害に直面すると、人はその時点で諦めの境地に陥ってしまいがちだ。しかし、苦難をも「プロセス」として受け入れ、乗り越えてしまえば、その先には希望がある。ひとりひとりの道のりが、そんなことを実感させてくれるのである。

【今回の定年本】
『江戸の定年後―“ご隠居”に学ぶ現代人の知恵
(中江克己著、知恵の森文庫、光文社)
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-08-9979906359

文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。雑誌「ダ・ヴィンチ」の連載「七人のブックウォッチャー」にも参加。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)などがある。

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