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北斎の娘「葛飾応為」の意外すぎる名前の由来とは?【江戸の浮世絵クイズ4問】

それでは、正解を発表します!

【クイズ1】
葛飾北斎には、画号を葛飾応為と名のる娘がいました。遺された作品から、彼女は才能に恵まれた絵師であったことがうかがえます。彼女の画号の由来として伝わるエピソードは、次のうちどれでしょう?

(い)北斎がいつも「おーい(おうい)」と呼んでいたから
(ろ)父に内緒で円山応挙を尊敬していたから
(は)どんな依頼にも応じて絵を描いたから
(に)北斎が「扇」という名前と聞き間違えたから

正解(い)
葛飾応為は北斎の娘で、名を阿栄(お栄・栄女とも)という。遺された作品はきわめて少なく、本の挿絵と肉筆画が数点だが、高い技量をもち、北斎の画風をよく伝えている。
なお、「応為」の画号の由来には別の説もある。

【クイズ2】
明和2年(1765)に誕生した多色摺り木版画は、文政期以降に普及した、鮮やかで明るい藍色を特徴とする新しい染料「ベロ藍」によって、いっそう豊かな表現力を獲得しました。では、この「ベロ藍」の名前の由来は何でしょう?

(い)ベロ(舌)の上で唾液で溶いて使ったから
(ろ)O157と同じベロ毒素が含まれていたから
(は)発明地であるベルリンがなまってベロとなった
(に)便利堂という店がロシアから仕入れてきたから

正解(は)
ベロ藍は、1704年にプロセイン王国(ドイツ)の首都ベルリンで偶然に発見されたことから、プルシャンブルーとも呼ばれる。日本へはオランダを通して伝わった。

【クイズ3】
この図は江戸時代に流行した「判じ絵」と呼ばれる、絵で示すクイズです。この図は江戸のある地名を示していますが、それはどこでしょう?

無題

(い)阿佐ヶ谷
(ろ)赤坂
(は)麻布
(に)浅草

正解(に)
「判じ絵」とは江戸時代に流行した「目で見るなぞなぞ」のこと。ほとんどは絵そのものに意味はなく、絵の「音」を読み解いて答えを考える。絵で表わした「しゃれ(だじゃれ)」で、庶民は判じ絵を見て頭をひねっては笑っていたのだ。

出題の絵は、左の男の頭に「あ」、尻からひねった屁に「さ」、右の男が鼻をつまんでいるので「くさ(臭)」となり、あさくさ=浅草が正解。

【クイズ4】
明和2年(1765)は、のちに世界を魅了することになる多色摺りの木版画が発明された年です。では、これまでほぼ単色摺りだった木版画を一新した、多色摺り木版画の技法を当時、何といったでしょう?

(い)きれい絵
(ろ)錦絵
(は)極彩絵
(に)虹絵

正解(ろ)
明和2年から翌年にかけて流行した絵暦の交換会をきっかけに、好事家が趣向を凝らした図柄と色彩を競って追求するようになる。それにこたえて絵師や彫師、摺師が技術を磨き、7~8色以上の色摺りが可能になった。これが「錦絵」と呼ばれるもので、錦織りの布のように美しいことから名付けられたという。

いかがでしたか? 2問目は受験者の正解率が33%とかなり低いので、少し難しかったかもしれません。解けたという方はかなりの江戸通かも!? ぜひ江戸検定で腕試しをしてみてくださいね!

※受検申し込み等の詳細については、下記のサイトをご覧ください。
http://www.edoken.jp/

※問題の出典:『江戸吟味問答控 第1回江戸文化歴史検定 出題問題公式解説集』
https://www.shogakukan.co.jp/books/09626603

 

取材・文/オノハルコ(晴レノ日スタヂオ)

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