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夏目漱石、ファンから猫のカレンダーをもらってご満悦。【日めくり漱石/12月24日】

3 夏目漱石 2

今から111 年前の今日、すなわち明治38年(1905)12月24日、漱石は東京・千駄木の自宅で風呂敷包をほどき、中から出てきた猫のカレンダーを興味深い面持ちで眺めていた。風刺小説『吾輩は猫である』の熱烈な読者が、わざわざ夏目家を訪問し置いていったものであった。

漱石の小説『吾輩は猫である』が雑誌『ホトトギス』に掲載されて世間の評判をとると、周囲には思わぬ出来事が巻き起こった。

人気にあやかろうとする商魂逞しい書肆(しょし)は、猫を犬や馬に置き換えるなどした、さまざまな亜流本を刊行した。かと思うと、

《家族の者を相手に三夜続けて朗読会を開きました。(式亭)三馬の浮世風呂と同じ味を感じました》

という感嘆の手紙を漱石に送ってくる読者もいた。手紙の差出人は、社会主義者の堺利彦であった。

作者自身が一話完結のつもりで書いた『吾輩は猫である』は、予想をはるかに上回る好評に後押しされ、その後も2回、3回と書き継がれていた。つい1週間前も、漱石は第7話と第8話、計130 余枚の原稿を書き上げたばかりであった。

今でこそ、犬や猫など、動物の絵や写真を使ったカレンダーは、山のように出回っているが、当時はまだ稀少で目新しいものだった。漱石はそのカレンダーを書斎の柱にかけてご満悦、そのまま筆をとり、市来松風という名のこの来訪者宛てに礼状を書いた。

《啓 猫のこよみわざわざ御持参被下(くださり)難有(ありがたく)頂戴致します。あんな妙なこよみは見た事がありません。柱にかけて眺めて居ります。風呂敷を置いて行かれました。当分の間御あづかり申します。其内(そのうち)遊びにいらつしゃい。
来年正月のホトトギスには長いのをかきましたどうぞ読んで下さい》

ちょっと見、以前からの知己に向けての手紙のようでもあるが、この人物の来歴は詳らかでなく、面識のない一ファンだったと推測される。手紙の宛て先は、おそらく、カレンダーのプレゼントと一緒に名刺のようなものを置いていったために、わかったのだろう。

漱石には、そういう律儀さと、筆まめで分け隔てのないところがあった。『心』を読んだ兵庫県に住む見知らぬ小学生の読者からの質問の手紙にも、《あなたは小学の六年でよくあんなものをよみますね》などと言いながら、きちんと返事を書いていたりするのだ。

この日の漱石は、カレンダーの礼状を書いた筆の勢いのままに、もう一通、葉書をしたためていく。以下のような、詞書を付した一句。

《鈴木子の信書を受取りて
只(ただ)寒し封を開けば影法師》

こちらは、神経衰弱のために大学を休学して広島に帰っている門弟・鈴木三重吉宛ての葉書だった。数日前、三重吉から、自分自身の影法師を紙に書き写した紙片が、

《炬燵(こたつ)して或夜の壁の影法師》

という俳句のみを書き添えて送られてきていた。葉書は、それに対する漱石の返書なのである。そこには、「影法師の絵なんか送ってきたね。君がいないと寂しいよ。早く治して東京へ帰っておいで」とでも言いたげな漱石の思いが込められている。

人気作家としての名声を得ても、胸の奥に人恋しさと世話好きの性分を抱え続けている漱石先生なのだった。

■今日の漱石「心の言葉」
現下の如き愚なる世の中には、正しき人でありさえすれば必ず神経衰弱になる(『書簡』明治39年6月6日より)

夏目漱石肖指定画像(神奈川近代文学館)720_141-02a

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。最新刊に、『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)がある。

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