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夏目漱石、自分の見合い話のことで実兄に腹を立てる。【日めくり漱石/12月18日】

3 夏目漱石 2

今から121 年前の今日、すなわち明治28年(1895)12月18日、寒気つのる愛媛県松山の下宿で、漱石はちょっと頬を上気させて手紙を書いていた。

相手は東京にいる正岡子規。数日前、子規が漱石の実家を訪ね、漱石の兄の直矩と面会し、漱石の結婚のことについて話をした。そのことを子規が手紙で知らせてきた。その手紙文中に、漱石とすればちょっと違和感を覚える内容があり、いま昂りがちな気持ちを抑えつつ筆をとっているのだった。

漱石が結婚について真剣に考え出したのは、中学教師として松山に赴任してしばらくのち、明治28年(1895)の夏頃からだった。

仲立ちしてくれる人があって、漱石のもとに、「明治二十八年二月三日写 中根鏡」と裏書きされた見合い写真が送られてきたのは、同年秋。漱石からも写真を送り、まもなく大方の話がまとまる。10月8日付の菊池謙二郎宛ての漱石の手紙の中には、《結婚の事も漸く落着致候(略)矢張(やはり)東京より貰う事に致候》の文字が読める。

漱石の見合い写真については、ひとつの逸話がある。この写真を仲人のところに持参した漱石の兄が、わざわざ、「これは大変きれいに写っているが、アバタはありませんよ」とことわったというのだ。漱石自身もちょっと気にしている鼻の頭に残るアバタが、写真では目立たないように修正されているのを、妙な言い回しで却って表明してしまったのだった。

そんな付録つきではあったものの、漱石の見合い写真は、鏡子には好もしい印象を与えた。年頃を迎えた鏡子には他にもたくさんの見合い話があり、写真も見ていたが、それまでは、「この人になら自分の一生を託してもいい」という気を起こさせるような写真には出会っていなかった。漱石の写真は、上品でゆったりしていて、いかにも穏やかなしっかりした顔立ちで、「この人なら」という思いが鏡子の中に生まれたのである。

漱石の見合い写真。裏面に漱石の自筆で「明治廿七年三月写 夏目金之助」と書かれていた。写真提供/神奈川近代文学館

漱石の見合い写真。裏面に漱石の自筆で「明治廿七年三月写 夏目金之助」と書かれていた。写真提供/神奈川近代文学館

その後、実際に顔を合わせるお見合いの段取りが進められる中で、漱石は子規からの手紙を受け取った。そこには、直矩の談話として、

「弟には他に結婚したい女性がいたが、それがうまくいかないので拗(す)ねているのじゃないか」

といった言葉があった。弟の身の上を心配しての発言であったのだろうが、漱石には心外であり黙過できなかった。漱石は子規に対し、実家の家族とは必ずしも気風が合わず隔意があるのだと説明し、こう綴る。

《結婚の事抔(など)は上京の上実地に処理致す積りに御座候(略)中根の事に付ては写真で取極候事故当人に逢た上で若(も)し別人なら破談する迄の事(略)すねて居る抔と勘違をされては甚(はなは)だ困る》

困惑を通り越し、実兄に対していささか腹立ち気味の態度を示す漱石先生。同封した句稿の中には、こんな十七字も書きつけてあった。

《飯櫃(めしびつ)を蒲団につつむ孀(やもめ)哉》

そこには、数え29歳(満28歳)という年齢で、男がひとり田舎暮らしをする無聊と寂寥がさりげなく吐露されていた。

■今日の漱石「心の言葉」
隠れて見合なんかするものか(『行人』より)

夏目漱石肖指定画像(神奈川近代文学館)720_141-02a

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。最新刊に、『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)がある。

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