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夏目漱石、上野で見た中国古書画展に深い感銘を受ける。【日めくり漱石/12月8日】

3 夏目漱石 2

今から103 年前の今日、すなわち大正2年(1913)12月8日、46歳の漱石は東京・早稲田南町の自宅から上野へと出かけていった。上野公園の美術協会で開催されている平泉書屋古書画展覧会を鑑賞するためであった。

ここのところ続けて、舞踊や芝居を観にいったり、音楽会を聴きにいったりと、芸術鑑賞にひたっている感のある漱石であった。

会場には、平泉書屋が所蔵する中国元代から清代までの書画が、夥しい数、ずらりと並んでいた。のちに美術専門誌『美術新報』が「玉石混淆の評あり」と伝えたように、いいもの悪いものが混じりあっている。けれども、漱石には随分と面白く思えた。

官(文部省)主導の文展などより、胸を打つものがあった。

帰宅後、漱石は、「いいものを観せてもらった」という些か高揚した気分のまま、同好の門弟や友人に次々と手紙を書いた。

《今日美術協会で平泉書屋古書画展覧会というのを一覧(略)文展などより遥かに面白く(略)贋物も沢山 くれても断りたいものも夥(おびただ)しけれど よきものは書画共に垂涎の至りなり 是非御出可被成(おいでなさるべく)候》(寺田寅彦あて)

《上野の美術協会にある平泉書屋古書画展覧会というのを見に行きました 夥しい数です 大変面白い 私は文展よりもどの位面白かったか分らない あなたも是非入らっしゃい必ず参考になります》(津田青楓あて)

《今日上野美術協会へ行って平泉書屋古書画展覧会というものを見たが文展よりは遥かに面白かった 是非行って見たまえ 非常な点数のうちには厭なものも大分まじっている贋物もある様子だが好いものは実に好い(略)僕に岩崎の富があれば書画併せて二三十幅は是非買って置く所です 先は行覧勧誘迄》(野上豊一郎あて)

ちなみに、野上豊一郎あての手紙文中、岩崎とは、幕末・明治の動乱期に成り上がり三菱財閥を築き上げた岩崎弥太郎を祖とする岩崎家のこと。

漱石は野上への手紙を書きながら、何日か前に、野上の案内を得て個人宅で見せてもらった江戸中期の儒学者・篆刻家で画家でもあった高芙蓉の画のことも思い出していた。

「生涯に一枚でいいから、ああいうありがたい感じのする絵が描きたい。山水動物花鳥なんでも構わない。ありがたくて、人が自然に頭を下げるような崇高の気分を持ったものを描いて死にたい」

そんなことをも、つくづくと思う漱石先生であった。だが、この望みばかりは、とうとう叶わなかったのではないか。漱石の絵は文人画として滋味深いものではあっても、「崇高」の領域にまでは達することがなかったように思えるのである。

■今日の漱石「心の言葉」
元来僕は美術的なことが好きであるから(談話『落第』より)

夏目漱石肖指定画像(神奈川近代文学館)720_141-02a

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。最新刊に、『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)がある。

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